「こづゆ」
蕎楽亭(きょうらくてい)(東京・神楽坂)
「外食店の料理は、食べた瞬間のインパクトが重要」というのが定説です。確かにほとんどの人が、家庭料理では味わえないインパクトを求めて外食店を訪れるのだから、当然といえば当然。ところが、家庭でしか作られていなかった伝統的な郷土料理の一品を提供し続け、愛される定番メニューにしたお店があるといいます。
今回は、「蕎楽亭(きょうらくてい)」で提供される会津の郷土料理「こづゆ」を、週末の酒場巡りが趣味というフードライター・桑原恵美子さんが紹介。“食べた瞬間のインパクト”があるとは決していえないこづゆが、なぜ酒呑みやおいしいもの好きの常連客たちに愛され続けているのか、店主から教えていただきました。
訪れた飲食店を紹介している個人ブログ:
https://ameblo.jp/amaguri0111/theme-10066247104.html
・「ミシュランガイド東京」に14年連続掲載の、そばの名店
・店主・長谷川さんの母親直伝の郷土料理「こづゆ」
・母親に目の前で作ってもらって再現した味
・専門店を出すほどに究めた天ぷらも必食!
「ミシュランガイド東京」に14年連続掲載の、そばの名店
東京・神楽坂「蕎楽亭」といえば、「ミシュランガイド東京」に14年連続で掲載され続けているそばの名店。そば通をうならせる本格石挽き手打ちそばとともに、酒好きにはたまらない酒肴メニューが豊富なこと、専門店顔負けの天ぷらが食べられることでも人気です。
「お店に足を運んでくれるお客様を優先したい」との思いから、1日に2~3組しか予約を受けていないため、昼も夜も開店前には早くから長い行列ができています。でも「予約で満席」で断られることはないため、ある程度の行列を覚悟すれば確実に食べられると考えれば、ありがたいものです。
店主・長谷川さんの母親直伝の郷土料理「こづゆ」
そば屋は数多くあれど、私がこの店でなければいけない理由のひとつが、会津地方の郷土料理「こづゆ」が定番メニューにあること。「こづゆ」は福島県の中でも西部の会津盆地を中心とした地域のみで食べられているお料理だそうで、福島県出身でも食べたことがない人も多いとか。
江戸時代から会津地方に伝わる郷土料理・こづゆは、汁物と煮物の中間のような、具も汁もたっぷりのお料理です。干し貝柱をたっぷり使って戻しただしにほぐした貝柱、キクラゲ、ちくわ、里芋、ニンジン、白滝、干しシイタケ、銀杏、もどした豆麩(まめふ=小さい丸い麩)などが入っています。
貝柱のだしにさまざまな素材から出るうま味が加わり、なんとも滋味深い味わい。豆粒ほどの大きさの豆麩の、トロンとした食感がたまりません。このやさしい一品があることで、ほろ酔いの心地良さが倍増するのです。
店主・長谷川健二さんの「食べた瞬間に目が見開くようなおいしさではないけれど、妙においしい。田舎料理なのに、不思議と上品で洗練された味わいなんです」という言葉に、全面的に賛成です!
長谷川さんによると、会津塗りの小ぶりなお椀に入っているのは、「こづゆ」は一度にたくさん食べるものではなく、そばとセットになっているものだから。大ぶりの木製スプーンを添えるのは、さまざまな具材のハーモニーを楽しむ料理だからです。
「両親に、『こづゆはつまむものじゃない、目をつぶって食べて、口の中で合わせて楽しむものだ』と教えられました」と長谷川さん。ところが私は、こづゆの具をちまちまつまみながらお酒を飲むのが大好き。「邪道な食べ方ですみません」と謝ると長谷川さんは笑って「私もやりますよ。そうやって食べるのもまたおいしいですよね」と、実におおらか。
「こづゆ」はテイクアウト可能なので、お店で食べて、さらにテイクアウトして家で食べることもあります。ある時、冷蔵庫に入れておいたこづゆを冷たいままひとくち食べたら、熱々とはまた違うおいしさ!熱々の時はじんわり穏やかに広がるだしのうま味が、冷たいとキリッと研ぎ澄まされ、余韻も長引くような…。長谷川さんも、冷たいこづゆもお好きだそう。お店で食べてみて気に入った方は、ぜひテイクアウトして冷たいこづゆも味わってみてほしいです。
母親に目の前で作ってもらって再現した味
「会津では家庭でもよく作りますが、地域によっても微妙に違うんです。店で出しているのは、母親に目の前で作ってもらって教わった、実家そのままの味です」(長谷川さん)。
長谷川さんが店で「こづゆ」を出すようになったのは、愛する会津の郷土料理をもっと多くの人に知ってほしいと思ったから。また母親が元気なうちに、その味を自分が受け継いでいきたいと考えたからでもあるそうです。
味の基本となるのは、干し貝柱の戻し汁。お店では、水2リットルに対して干し貝柱を40~50gほど使い、前の日から干し椎茸とともに浸して戻しておきます。1日経つと干し貝柱のうま味はすべて水に溶けだしてしまい、本体はほぼ無味になります。
具材は細かく切り、別々に下茹でしてから合わせて、戻し汁とともに煮込みます。味付けはうすくち醤油であっさり、軽めに。素材のうま味が強いので、それを邪魔しないように風味付け程度にとどめているそうです。
専門店を出すほどに究めた天ぷらも必食!
この店で「そば」「こづゆ」とともに必ず注文するのが、「天ぷら」です。
じつは長谷川健二さんは大の天ぷら好きで、10年ほど前から、完全予約制・1日1組限定の天ぷら専門店「天ぷら 蕎楽亭」を曙橋で営業しているほど(現在は蕎楽亭の定休日のみ予約可能)。「蕎楽亭」でも絶品の揚げたて天ぷらが食べられ、カウンター席なら目の前で揚げている音を耳で楽しみながらいただけます。頼むつもりはなくても、ほとんどの人が天ぷらを頼むので、揚げる音や香りに誘われてつい…ということがよくあります。
東日本大震災の直後、福島の物産に対する風評被害が高まった時も、長谷川さんはそれまで使っていた福島産の食材を変えることは一切しませんでした。そして、それに対して店の売上が落ちることも全くなかったそうです。長谷川さんの強くて温かい“会津愛”と、そんな長谷川さんの作る料理を愛するお客さんの喜びが満ちているから、この店はこんなにも居心地がいいのでしょう。
東京都新宿区神楽坂3-6 神楽坂館1F
https://r.gnavi.co.jp/gc23000/
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