Vol.46
全米で地産地消の志向が高まり、地元生産者が作る優れた食材の流通網が広がる中で、食材の味をいかに活かすかが、メニュー開発の鍵となっている。そこで注目を集めているのが、原始的ながら様々な使い方ができる薪火料理だ。前編では、薪火料理を手がけるニューヨークの代表的な店舗を紹介したが、後編では店舗がどのように薪火を活用しているのか、さらに具体的な例を紹介する。
薪の風味を活かし、料理に独創性をもたらす
「薪火料理は深遠な料理。200~500℃という広い温度帯から、それぞれの食材の火入れに適したポイントを、試行錯誤して見つけることから始まります。調理中は、食材のサイズや状態によって火加減を細かく調整し、薪の香りのまとわせ方に強弱をつけていく。こうした職人気質が求められるプロセスは、料理人にとっての醍醐味と言えるでしょう」。こう語るのは、マンハッタンのウェストビレッジにある現代アメリカ料理店「マス・ラ・グリラード」のオーナーシェフ、ゲイレン・ザマラ氏だ。「薪火調理は、食材の質をダイレクトに伝える」と考えるザマラ氏が使う食材は、地元農家や協同組合、ファーマーズ・マーケットから直接仕入れたものばかり。作り手の顔が見える食材を使うのが彼の料理の基本である。
ミッシェル・ブラス氏、アラン・パッサール氏など、フランスのトップシェフたちに師事し、長年フランス料理を作り続けてきたザマラ氏が、2011年に「マス・ラ・グリラード」を開いたのは、ソースに頼らない薪火料理を極めたかったからだ。そのため、同店ではすべての料理を4つの薪火専用機器で調理する。機器はテキサス州のBBQ(バーベキュー)用機器を扱うメーカーに特注。レストランでの多忙なオペレーションに備え、一般的なBBQ機器より、迅速かつ高温での調理が可能になるよう、カスタマイズしている。火入れの温度は、薪と食材との距離をハンドル操作で変えることができ、野菜・肉・魚などの食材を前菜・メインなどの用途によって、火の位置や温度、グリル板のあり・なしなど、様々に使い分ける。グリル板がない窯では、直火から遠火、ホイル包みまで、多様な調理が可能だ。
薪の選択も重要である。香りと熱効率の高さで選んだ、樫・リンゴ・桜の3種の薪を組み合わせ、繊細な木の香りを素材に移す。またひと言で“薪”と言っても、炎を発する新しい薪から、低温で長時間の熱を与える炭火まで、様々な特性を持つものがある。それぞれの使い分けも、シェフの技量が問われる重要な要素なのだ。
薪火ならではの料理も独創的だ。例えば「炎ではじいたポップコーン」(3ドル=約300円)。穴のあいたボウルに入れたコーンを190℃前後のグリル板に置き、5分ほど調理した後、ローズマリーなど5つのハーブを絡め、薪の香りを引き立てている。また、「焦がしコーンのスープ」は薪で焼いた香りがテーマ。グリル板で表面を焦がしたトウモロコシをミキサーにかけてスープを作り、軽く焼いたマイタケとバスク産唐辛子、チャイブ風味のオイルを添える。一方、「薪焼きの牡蠣」(18ドル=約1,820円)では、タイムやレモンを混ぜ込んだバターを生牡蠣に載せて殻を被せ、グリル板で数分間、130℃前後でうっすらと、バターが溶けるまで焼く。生やフライでは味わうことができない牡蠣の風味を伝える一品だ。
「薪火料理は調理中、薪の管理にも手間がかかるうえ、火の入れ方が味の決め手となり、火入れを誤ると修復の余地がない。食材の特性を研究しないと、大失敗に終わります。とはいえ、薪火ならではの独特の風味を一度知ってしまうと、その努力も苦になりません。以前も食材の味をどう活かすかをフランス料理の観点から考え続けてきましたが、薪火料理を手がけて以来、自分が料理人として大きく前進したと感じています」とザマラ氏は言う。
28 Seventh Avenue South New York, NY 10014
http://www.maslagrillade.com/home/
薪火効果は、肉だけではない。魚も薪火で調理するスペイン料理店
薪火への注目は、アメリカ料理だけに限らない。マンハッタンのウェストビレッジにある現代スペイン料理店「ターテュリア」のオーナーシェフ、シェイマス・ミュレン氏も、薪火料理に傾倒する一人だ。スペインの二ツ星店「ムガリッツ」などでの修業を経て、ニューヨークのタパスバー「ボケリア」などで高い評価を集めてきたミュレン氏は、2011年にスペイン伝統食材の魅力に焦点を当てるため、「ターテュリア」を開いた。ここで氏は、ほとんどの肉や魚を、薪火で調理する。「薪が与える繊細な燻香が一番の魅力です。食材の風味を効率よく凝縮させる点も優れています」(ミュレン氏)。
ミシガン州の薪火調理機器専門メーカーに特注した窯は、開店以来3回仕様を改善し、今や10通りもの用途に使えるようになっている。直火焼きはもちろん、鉄板焼き、ロティサリー(素材を串に刺して回転させながら炙り焼きにする調理法)、食材を吊るしてスモーク、ひいては底に空気を伝える穴をいくつも開けたフライパンで卵を燻す。さらに、肉を削いだ後の骨を燻してソース作りにも使っている。250~1300℃という温度幅を持つ小さな窯の中で、同時進行で作る薪火料理の数多さには驚かされる。
薪は熱の持続性の高い樫を使っているが、それでも約20分ごとに継ぎ足しが必要だ。また温度管理のために、蓄熱性の高い炭も併用している。
料理は、例えば「北スペイン原産豆とサルサ・ヴェルデを添えたハマグリのグリル」(11ドル=約1,110円)では、ハマグリを本来は栗を炒るために使う小さな穴つきフライパンに入れて、薪の上で調理し、その燻した香りで貝の風味を引き立たせている。また、キジのロティサリーは、脚肉の骨を抜き、ハーブ、ニンニク、レモンの皮、トリュフを詰めて網脂で包み、中火で約1時間グリルし、薪の風味をじっくり移す。「薪火の弊害は一切ありません。一般的な調理法よりもさらに注意が必要になりますが、毎日異なる食材の個性を読み取り、納得のいく料理を作るのが楽しい」とミュレン氏は語る。
薪料理は、その様々な火入れの仕方で食材の風味を効果的に活かす、優れた調理法だ。そして料理人にとっては、自分の腕と個性をふんだんに表現できる魅力的なツールでもある。自然食品や環境保護への意識が高まるなかで、地産地消の理念に根ざした風味豊かな食材が、ニューヨーカーの間でますます重視されているだけに、今後、薪火料理への注目度はさらに高まると予想される。
359 6th Avenue New York, NY 10014
http://tertulianyc.com/
取材・文・写真/片山晶子
企画・編集/料理通信社
※通貨レート 1ドル=101.2円
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