Vol.52
高品質なものが多く生まれ、三ツ星シェフも関心を寄せるようになったパリのファストフード。前編では高品質なハンバーガーをフードトラックで販売する事例などを紹介したが、後編では、“ジャンクフードの王様”と呼ばれるケバブの進化や、高級食材の代表・オマールエビを主役にしたファストフードなどを挙げながら、“高品質”と“カジュアル”が歩み寄る現状、そして今後の可能性を探っていく。
使うのは三ツ星店御用達の肉! 最高の食材で作る極上ケバブ
2013年7月、パリにオープンした「グリエ」(Grillé.)は、素材にとことんこだわったケバブ店である。仕かけ人は2013年「世界のベストレストラン50」で18位に輝いたビストロ「シャトーブリアン」の共同経営者であったフレデリック・プノー氏。消費者のニーズをいち早く感知し、新しいトレンドを提案することを得意とする。
これまでケバブといえば、安価な肉を扱う店が多く、お腹いっぱいにはなるが、「脂っこい」「不健康」とパリっ子からは敬遠されてきた。しかし、「グリエ」で使うのは、星付きシェフ御用達の肉店「ユーゴ・デノワイエ」の仔牛。また、ピタパン(中近東で食べられる平たく丸いパン)は有名パン職人、ジャン=リュック・プージョラン氏からアドバイスを受けて、栄養価の高いオーガニックのスペルト小麦(古代小麦)を使用する。ほかにも、星付き店のシェフに愛される野菜生産者アニー・ベルタン氏から仕入れたハーブなど、最高の食材を惜しみなく使用して、ケバブ1個8.5ユーロ(約1,120円)で提供。サイドメニューは揚げたてのフリッツ(フライドポテト/3ユーロ=約400円)だけだ。「安いケバブで学生時代をしのいだフランス人は多い。だからこそ、ケバブの固定観念を払しょくするものを作りたかった」とプノー氏は言う。
「グリエ」のあるサン・タンヌ通りはオペラ座に近い日本人街にあり、“クールジャパン”好きな若者が長蛇の列を作るラーメン店やうどん店が隣接する。ケバブを焼くなんともいえない香ばしい匂いはその街に集う人々の心をつかみ、リピーターも増えているそうだ。通常のケバブの倍近い価格だが、質の高さや手間を考えるとお値打ち。「今後、仔羊や仔豚、アンチョビやアスパラガス入りのケバブも試してみたい」とプノー氏は語る。
グリエ(Grillé.)
15, rue Saint-Augustin 75002 Paris
高級食材オマールエビもファストフードでカジュアルに
2013年3月、パリ初の「ロブスターロール」(ロブスターを挟んだホットドッグ)の店、「ロブスターバー」(Lobster Bar)がオープンした。北米では人気のあるロブスターロールだが、パリっ子には今まで馴染みがなかった。学生時代、北米旅行で食べたロブスターロールに感動したというTVドラマの脚本家であり、店主のマチュー・メルシエ氏は、ファストフードに注目が集まっている今ならチャンス、と開店に至った。
高級食材に位置付けられるオマールエビが、ファストフードの素材になろうと誰が想像しただろうか。パン・オ・レ(柔らかいミルクパン)に、軽く蒸したブルターニュ産オマールエビをビスク(甲殻類で出汁をとったクリームスープ)入りのマヨネーズで和えて挟む。フリッツ、サラダ付きで26ユーロ(=約3,440円)。値段は北米の約2倍もするが、高級ブティックが並ぶサントノーレ街にあるとあって、客足が絶えない。ヘルシーな魚介を使ったファストフードはカジュアルなのに贅沢感があると、ファッション関係者たちを中心に絶大な支持を得ている。
パリの中心部2区で、今もっとも旬なグルメストリートであるニル通りにあるファストフード店「フレンチー・トゥ・ゴー」(Frenchie to Go)の人気アイテムも、「ロブスターロール」(22ユーロ=約2,910円)。パリ指折りの高級ファストフードでありながら、午後2時には完売してしまうほど。生のブルターニュ産オマールエビを角切りにして軽くフライパンで炒め、セロリ入りのバターソースを入れ、極弱火で10分程煮込み、軽くトーストしたブリオッシュ(バターたっぷりのパン)にびっしり詰める。食材は同じ通りにある、大人気のビストロ「フレンチー」と同じ高級食材を使用している。
一方、老舗レストランも、ファストフードのメニュー開発に挑戦している。パリの一等地、マドレーヌ広場の一角にある「カフェ・プルニエ」(Cafe Prunier)は、1872年創業の老舗レストランで、看板商品はキャビア。シェフのレナータ・ドミニク氏は、2006年、料理長に就任以来、高級食材を使ったカジュアルな料理を模索してきた。「この店のお客様はキャビア、スモークサーモン、生ガキといった“いつもの味”を求めて来店されます。そんな定番を打ち破りたくて、私なりに解釈したロブスターロールに挑戦しました」(ドミニク氏)。ロブスターロールといっても、一般的なファストフードとは、味も見た目も似て非なるもの。セモリナ粉で作ったモロッコ風のぱりぱりしたクレープに、ブルターニュ産オマールエビ、サラダ、グレープフルーツとブドウをのせてヘルシー感を打ち出した(絞りたてのジュース付きで40ユーロ=約5,280円)。これが好評で、近隣で働く中高年層から支持を得て、期間限定での提供からグランドメニューに昇格した。
ハンバーガーだけでなく、中東のケバブ、アジアのおにぎりや点心など、ファストフードの高品質化は様々なジャンルに広がっている。若者だけでなく、年配の人たちをも満足させる料理として、パリのファストフードはより一層の成長が見込めそうだ。
ロブスターバー(Lobster Bar)
41 rue Coquillière 75001 Paris
http://www.lobsterbar.fr/fr/
フレンチー・トゥ・ゴー(Frenchie to Go)
9, rue du Nil 75002 Paris
http://www.frenchie-restaurant.com/frenchie-go
カフェ・プルニエ(Cafe Prunier)
15, place de la Madeleine 75008 Paris
http://www.prunier.com/cafe-2/
取材・文・写真/魚住桜子
企画・編集/料理通信社
※通貨レート 1ユーロ=約132.1円
※価格、営業時間は取材時のものです。予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。