ヨーロッパ発 ワインの国の“SAKE”事情 後編

海外のシェフやソムリエたちの中には日本酒をテーマにした店やセミナーなどを開き、その魅力を伝えている人たちもいる。今回はそういった活動を紹介。ヨーロッパの“SAKE”の今をお伝えする。‐海外トレンドリポート

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Vol.32

前編では、パリの三つ星レストランや高級レストランに浸透する“SAKE(日本酒)”ブームについて紹介した。一方で、日本酒に魅せられたシェフやソムリエたちの中には、セミナーや、日本酒をテーマにした店やサロンなどを開き、その魅力をより広く伝えている人たちもいる。後編ではそういった活動に焦点を絞り、ヨーロッパ全土に広がりつつある“SAKE”の今を伝える。

ワイン業界やレストラン業界を目指す人の参加も多い日本酒セミナー。就職にSAKEソムリエの資格が必要な店もあるので真剣そのもの
日本の酒蔵を訪れたソムリエも。酒造りを通して、どのようにヨーロッパで日本酒を広められるか、ヒントを得る
スイスのチューリッヒにはクールなSAKEバー「SHINWAZEN」が誕生。竹製の長いバーテーブルが置かれ、ジャズが流れる心地よい空間

ロンドン、パリから日本酒を発信する

2000年、イギリス・ロンドンの高級デパート「セルフリッジ」で行われた「東京ライフ」と名付けられたフェアで、日本全国から集められた数十種類の日本酒が紹介された。そこで、フランス人ソムリエのザビエル・シャプルウ氏は、日本酒の繊細かつ複雑な味わいに惹かれ、日本酒の虜となった。そして2004年に、ロンドンの日本食レストランで日本酒の紹介に携わっていた太田久美子氏とともに、日本の地酒をヨーロッパに輸入する会社「iSAKE(愛酒)」をロンドンで設立。さらに2人は2006年、日本酒のソムリエ「SAKEソムリエ」を養成する「SAKEソムリエ協会」を立ち上げ、以降日本酒の普及に努めている。

「SAKEソムリエ協会」のザビエル・シャプルウ氏によるハロッズでのセミナー風景。アメリカやアジア圏からの参加者もいる

現在、「SAKEソムリエ協会」は、ロンドンのデパート「ハロッズ」で2つのセミナーを開催している。ひとつは「日本酒導入コース」。日本酒の起源、文化から醸造に必要な要素まで日本酒の基本を学ぶ2~3時間のコースで、日本酒に興味を持ち、もう少し深くたしなみたいという人たちや、日本文化に興味がある人たちに人気のコースだ。

もうひとつが「SAKEソムリエコース」。2日間で、日本酒の歴史や醸造方法、テイスティング技術、ラベルの読み方、購入・保存・提供方法など、日本酒専門家として必要な知識を学び、SAKEソムリエの資格を得ることができる。

日本酒がようやく浸透し始めたヨーロッパでは、「SAKEソムリエ」の資格を持っていることが、日本酒スペシャリストであることの証明になる。そのため、「SAKEソムリエコース」は、日本酒を扱うレストランやホテル、ワインショップで働く人、あるいはそれらの場所でこれから働きたい人たちに人気となり、2009年のスタート以来、120人がSAKEソムリエの資格を得ている。参加者の出身国は、ヨーロッパ各国はもちろん、アメリカ、中国、シンガポール、韓国、モルディブ、ドバイなど様々。参加者は年々増加し、毎年1回の開催だったのが、2012年には5月と10月の2回開催。それでも、どちらの回も定員に達する盛況ぶりだった。

一方、フランス・パリでは高級フレンチレストラン「ドミニク・ブシェ(DOMINIQUE BOUCHET)」のオーナーシェフ、ドミニク・ブシェ氏が日本酒とフレンチの相性のよさに注目し、“SAKE”の伝道師的役割を果たしている。ブシェ氏は、「ラ・トゥール・ダルジャン」(1582年パリで開業した老舗フレンチレストラン)本店の総料理長時代に日本支店(東京・千代田区)のオープンに伴い、たびたび日本を訪問していたときから日本酒に興味を抱き、2006年、金沢の老舗酒蔵、福福光屋と共同でフレンチに合うオリジナルの日本酒「ゆり」「ふく」「さち」を開発。さらに、自身のレストラン「ドミニク・ブシェ」の隣に「Wa-Bi」(和美)というサロンをオープンした。日仏の文化交流会を開き、日本酒の販売も行っている

このサロンで氏は、日本酒とフランス料理の相性の良さを食のプロたちに伝えることを目的に、ワインソムリエやワイン学者などを招いて日本酒のテイスティングを行い、日本酒の啓蒙を行っている。また、食に関心の高い一般客に向けて、日本酒セミナーやパーティを開催するなど、パリに集まる感度の高い人々に日本酒の魅力を伝え続け、フランスでの日本酒ブームに大きな影響を与えている。

「iSAKE」ではオリジナルの日本酒も開発。食事と一緒に楽しめるエレガントな飲み物としてアピールしている
ブシェ氏が金沢・福光屋と共同開発した日本酒「ふく」と、それに合わせた料理「フォアグラとドライフルーツ 根セロリのミルフィーユ」
SAKEソムリエ協会
http://www.sakesommelierassociation.com/
写真はセミナーが行われるハロッズ・デパート
Wa-Bi Salon(和美サロン)(右がレストラン「ドミニク・ブシェ」で左がサロンになっている)
9, rue Treilhard, 75008 Paris
http://www.wa-bi-salon.com/

ヨーロッパ全土へと広がるSAKE

ロンドン、パリを起点とした日本酒のブームは、周辺の国にも広がりを見せている。ドイツでは2011年、日独交流150周年の記念事業の一環として、「7人のサムライ料理人とSAKE」というイベントが行われた。国内にある7つのレストランで3月から10月までの期間、ドイツを代表する7人のスターシェフが、特定の日にオリジナルコースとそれに合う日本酒を提供するというものだ。

「シルク・ベッドレストラン」のキッチンにて。シェフのローニンガー氏は大阪の調理師学校出身で、日本料理の影響を受けている

そのシェフのうちの一人、フランクフルトにあるマリオ・ローニンガー氏の「シルク・ベッドレストラン」(Silk Bed Restaurant)では、カキのグラタンには「ほまれ麒麟 特別純米」、銀鱈の味噌風味には「純米吟醸 浦霞禅」、ステーキとフォアグラには「天吹 山廃純米 雄町マリーゴールド酵母」など、一品ごとに最適な日本酒を合わせた。この和テイストの利いた西洋料理と日本酒の絶妙のハーモニーはドイツのグルメファンの話題となり、どのレストランでもイベント当日は常に満席と、大いに盛り上がった。

「シルク・ベッドレストラン」ではイベント終了後も日本酒を求める声が高く、今でも店で提供している。特に、同店のコース料理でオードブルの前に出る小皿、4品のアミューズ(寿司が含まれることもある)に日本酒を合わせる客が多いとのこと。

また隣国のスイス、チューリッヒでも、2012年7月にオープンしたばかりのSAKEバー「SHINWAZEN」(真和禅)が話題となっている。同店は食材輸入業者でスローフード協会チューリッヒ地区会長のマルクス・バウムガルトゥナー氏と同協会員の鈴木優子氏の二人が立ち上げた店だ。

客たちの多くは、最初は日本食目当てで訪れるという。調味料などは、こだわり抜いたものを日本から直輸入。宮崎から輸入したヤマメ(山女魚)の卵を孵化させ、チューリッヒの生簀(いけす)で養殖した個体を使ったヤマメづくし(寿司、刺身、あぶり、スモーク、いくら漬、白子スモーク)は人気のメニューのひとつとなっている。

これらの日本食に合わせるのは、ヨーロッパ人の口に合うよう二人が日本中の酒蔵を回って見つけた、米味がしっかりとして、香りの豊かな日本酒。京都・伏見の増田徳兵衛商店が作る、京都産の無農薬有機栽培米「祝」を使った「月の桂 祝 純米酒」や、山口県宇部市の永山本家酒造場が作る、透明な米味のする「貴 純米吟醸」などをそろえる。日本酒の存在を知らないヨーロッパ人の客は、ここで初めて純米吟醸などの上質な日本酒を知り、その飲みやすさとすっきりした味わいに、誰もが感動するという。「日本食と日本酒の相性は、最高。白ワインのように西洋料理とも合わせられるのでは」と認識を新たにさせ、着実に日本酒ファンを増やしている。

ロンドン、パリから広がり始めた日本酒ブームは今、ドイツ、スイスへと拡大。そして今後はイタリアやスペイン、さらに美食ブームに沸く北欧などへの拡大が見込まれる。現にイタリア、スペインではすでにいくつかの酒造メーカーや日本酒組合がバルセロナ、ローマなどで、日本酒と現地の料理とのマリアージュを試すテイスティングディナーを開催し、レストラン関係者や一般客にも好評を得る段階まできている。ヨーロッパ全土で、日本酒がワインと同じように飲まれる日はそう遠くないかもしれない。

「SHINWAZEN」ではヨーロッパ人の口に合う日本酒を吟味して提供。写真は同店で提供している永山酒造場の「貴」
「SHINWAZEN」のメニューより、すき焼きの白菜巻き。日本酒に合う日本料理をアレンジして提供する
シルク・ベッドレストラン(Silk Bed Restaurant)
Carl-Benz-Straße 21, 60386 Frankfurt, Hesse, Germany
SHINWAZEN(真和禅)
Freischützgasse 10, CH-8004 Zürich
http://www.shinwazen.ch/

取材・文/栗原伸介

※通貨レート 1ユーロ=107円

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