座談会 「これからの日本の魚食を考える」――各界のプロが語る魚の未来
前ページで紹介したように、深刻な状況に直面している日本の漁業。その現状を踏まえ、日本の魚食文化を守るために何ができるのか。飲食店経営者である株式会社ゲイト 代表取締役 五月女圭一氏、料理人であり「UB1 TABLE」プロデューサーの森枝 幹氏 、養殖漁業を営む浦村アサリ研究会 代表 浅尾大輔氏、一本釣り漁師である合同会社フラットアワー 代表の銭本 慧氏、東京海洋大学 海洋政策文化学科 准教授の松井隆宏氏、フードライターで「Chefs for the Blue」理事を務める佐々木ひろこ氏の6名に、課題や解決策などを話し合ってもらった。
資源管理が不十分な日本は漁獲量が3分の1に減少
佐々木 本日は、日本の漁業の現状や魚食文化を守るための取り組みなどについて、水産業や飲食業など、それぞれの立場からご意見をうかがえればと考えています。最初に、東京海洋大学で水産資源の保全などを研究されている松井先生から、水産業の現状と課題についてお聞かせください。
松井 まず大前提として、水産資源が非常に減ってきているという問題があります。これは日本だけでなく、世界規模で進んでいる現象です。その背景には、成長する市場経済のなかで水産資源を管理していく難しさがあります。一般的に経済活動で競争原理が働くと様々な面でプラスの効果があるのですが、資源に関しては、競争が進むほど逆に枯渇し、自然環境も悪化してしまうという側面があります。これを防ぐため、政府主導で科学的に資源管理を行おうとするのが世界的な流れなのですが、残念ながら日本では十分な資源管理が行われているとはいえません。
佐々木 実際、日本ではどれぐらい水産資源が減少してきているのですか?
松井 漁獲量はピーク時のおよそ3分の1です。この数字には、イワシに代表されるように、レジームシフト(気温などの気候要素が一定の間隔で急激に変化する現象)の影響で減少した分も含まれますが、それを除いてもピーク時から半減しています。その理由の一つに漁業従事者の減少があります。ただ、これは資源量が減少したから漁業者が減ったともいえるわけで、最大の問題は資源管理が不十分だったことにあると考えられています。
佐々木 日本で資源管理が十分にされてこなかったのはなぜなのでしょう?
松井 日本に比べて、欧米は漁業者の経営規模が大きく、政府によるマネジメントが比較的容易でした。一方、日本は個人規模の経営体が多く、すべてを政府で管理するのは難しかったのです。各事業者が地域の伝統や習慣に基づいて漁を行っているので、ルールを統一するのも簡単ではありません。
佐々木 私も3年ほど前から水産業を勉強していますが、現状を知れば知るほど暗い気持ちになってしまいます。ただ、昨年12月に漁業法が改正され(下記参照)、よい変化が起こるのではと期待されていますね。
知っておきたい!「改正漁業法」
2018年12月に可決した「改正漁業法」により、水産資源の持続的な利用のために漁獲規制を強化することが明記された。
<改正の主なポイント>
①漁獲可能量の管理強化
漁獲可能量(TAC)を設定する対象魚種を順次増やしていく。TACは、漁業者(船舶)ごとに個別の漁獲割り当て(IQ)を設定する。
②区画漁業権の優先規定廃止
養殖の漁業権の割り当てに際して、地元の漁協や漁業者を優先する規定を廃止。企業の漁業参入や漁場の有効利用を促す。
松井 漁業権に関する規定が変わったことで、特に養殖については企業の参入が促され、生産効率が高まるとみられています。また、漁獲可能量の管理強化により、国が管轄する遠洋漁業と沖合漁業では、魚種ごとの年間の水揚げ量など、データを活かした資源管理が機能するのではと期待されています。ただ、都道府県が管轄する沿岸漁業については、資源管理に必要なデータが蓄積されていないなどの懸念があり、うまく機能するかは未知数です。
佐々木 五月女(そうとめ)さんは、都内で飲食店を経営する傍ら、三重県尾鷲市で定置網漁もされています。実際に現地で漁業をされている方々は、資源管理についてどう考えているのでしょうか。
五月女 真剣に考えている人は少ないと思います。将来のための資源管理より、今の生活がかかっているので、早い者勝ちで獲りに行ってしまったり、市場でほとんど値が付かない魚でも、生活のために獲る場合もあります。
佐々木 自分が獲らなくても隣の船が獲ると考えれば、そうなりますよね。
五月女 さらに、高齢化も問題です。私たちがいる漁村の住民は200人ほどで、専業で漁業を営んでいるのは4人しかいません。漁協組合員の平均年齢は75歳くらいで、私が初めて尾鷲に行った2016年には、「あと5年持たない」と言われました。しかし実際は、その予想を超えるスピードで漁業者が減っています。
佐々木 それで跡継ぎがいなければ、10年後の海を考えたりはしませんね。
五月女 そうです、今どう生きるかが優先されるので。これまでは、地域ごとに“30年住んでいないと漁業をさせてもらえない”“満月の日には漁に出ない”といったローカルルールがあり、獲り過ぎをコントロールしていたんです。でも、漁業者の数が減って自主規制が緩くなり、“獲れるだけ獲る”という状況になっていると感じます。
銭本 私が、漁師をしている長崎県対馬市でも、五月女さんの地域と同様に、あまり考えていない方が大半ですね。対馬は漁協が12個もあり、水産資源も相対的にまだ豊富なので、危機感が薄いのかもしれません。
佐々木 銭本さんは漁協から市場に卸すという一般的なルートではなく、釣った魚を個人や飲食店などに直接販売していると聞きました。
銭本 釣った魚をSNSなどにアップして自分たちでお客様を見つけ、配送会社を通じて届けています。もともと私は海洋資源の研究者でしたが、資源の減少に危機感を抱き、乱獲を防ぐための取り組みをするために対馬に行ったんです。獲れた魚が今より高く売れれば獲りすぎることもなくなると考え、直販の仕組み作りのために漁師をやっています。当初、所属している漁協は私たちの取り組みに懐疑的でしたが、手数料を納めていることと消費者まで産地情報が届きブランド価値が向上していることで少しずつ協力的になってきています。この取り組みを地道に続けるなかで、直販に興味を持つ漁師さんも徐々に増えており、資源管理についての意識も少しずつ変わってきていると感じます。
佐々木 農業では、すでに直接取引が増えていると思いますが、漁業では障壁が高い印象がありますね。
松井 農業と漁業では、構造が少し違うのが原因です。農業は私有地で作った農作物を販売していますが、漁業の場合、公有水面を利用して魚を獲るため、誰かが管理する必要があります。ただ、国や都道府県が100%管理できる状況ではないので、漁協が半公的な機関として管理を行っています。手数料の額が適正かといった問題はありますが、何らかの形で漁協にお金が入るようにして、漁協が機能停止に陥らないようにすることも必要です。一方で漁協のルールやシステムは、地域ごとに様々です。漁業者が漁協への漁場使用料や販売手数料に加え、協力金といった名目でさらにお金を支払っている地域もあります。
森枝 使用料に、協力金ですか…。漁協ごとに様々なルールがあることも、国や自治体による資源管理が進まない要因なのかもしれませんね。
松井 政府主導の資源管理が難しいということから、視点を変えて消費者側に問題解決のアプローチをする動きもあります。「エコラベル」(下記参照)がその代表例ですね。環境に配慮した漁業で獲られた魚であることを示すマークで、消費者にこのラベルが貼ってある商品を意識的に購入してもらうことで、資源管理につなげようという取り組みです。ただ、これも欧米に比べると機能しているとは言いがたいです。
「エコラベル」(認証システム)とは?
地球環境の保全に役立つことが認められた商品であることを示すマークの総称。水産物を対象にしたものにはMSCやASC(下記参照)などがあり、エコラベルが付いている商品を消費者に選んでもらうことで、環境保全につなげる狙いがある。
■MSC:
国際的な非営利団体「Marine StewardshipCouncil」(海洋管理協議会)による天然水産物の認証制度。「海のエコラベル」とも呼ばれ、厳正な規格に適合した漁法で獲られたことを証明する。
■ASC:
国際的な非営利団体「Aquaculture Stewardship Council」(水産養殖管理協議会)による養殖水産物の認証制度。社会的、環境的要素に配慮した方法で育てられ、魚獲されたことを証明する。
佐々木 なぜ普及しないのでしょう?
松井 認証を得るにはコストがかかるため、エコラベルの商品は割高になってしまうのが理由の一つです。いくら消費者に「環境にやさしい魚なので買ってください」と訴えても、価格的に割高だと難しい。では、欧米では消費者の意識が高いから成功したのかといえば、必ずしもそうではありません。大きな役割を果たしたのは流通です。小売店などが「海産資源の枯渇を防ぐために、エコラベルがないものは扱わない」といった活動をしたことで、消費者にもラベルの認知が広まっていきました。日本でも仲介業者や小売店、飲食店などが同じようにエコラベル商品を意識的に購入していくことで、資源管理につながっていくと思います。
森枝 私のお店では、できるだけエコラベルの認証がついた魚を買うようにしています。ただ、松井さんの仰るとおり、価格が安くないうえに、お客様のほとんどがMSCやASCといったラベルの意味や価値を知りません。また、ラベルが付いている商品が抜群においしければ消費につながるかもしれませんが、“環境にやさしい=おいしい”とは限らないという問題もあり、まだまだ一般に普及するのには時間がかかりそうな印象です。
浅尾 私はカキの養殖漁業をしているので、養殖向けのエコラベルの取得を考えたことはあります。ただ、エコラベル取得にかかる審査費用を個人で負担するのは難しい。そこで私のいる三重県鳥羽市に70件以上あるカキ養殖業者の方々に、「一緒にエコラベル取得に向けて取り組みませんか」と声をかけたんです。しかし、「メリットは何なの?」と難色を示す方がほとんどでした。生産者が期待しているメリットとは、漁業の持続可能性を高めることではなく、カキの販売価格が2倍になるなど、目に見える利益アップ。エコラベルを取得しても、現状ではそこにつながらないため、同意を得るのは一筋縄ではいかないと感じました。
佐々木 やはり、エコラベル取得にかかる費用の問題が大きいんですね。例えば、国の補助金などがあれば、話は変わってくるのかもしれませんが。
浅尾 あとは、事業者ごとにカキのサイズを計測する必要があるなど、今までやっていなかった作業が増えることもエコラベル取得におけるネックです。試験的に1年間だけ取り組むことはできても、何年にもわたって継続するのは容易ではありません。
佐々木 本来、水産業を永続させる取り組みとしてエコラベルがあるので、長期的な視点ではメリットがあるはずですが、まだまだ理解が進んでいないということなんでしょうね。
銭本 エコラベルを取得するためには、漁獲量など過去のデータがないと取得できません。必要なデータをきちんと蓄積している漁協や自治体は、ほとんどいないのが実情ではないでしょうか。
佐々木 MSC取得を目指すFIP(下記参照)に取り組むなど、10年後、20年後を見据えて段階的に動いていくことはできると思いますが、いずれにしてもなかなか難しそうですね。
FIP/AIP(漁業・養殖漁業改善プロジェクト)
Fisheries(Aquaculture)Improvement Project の略称。MSCやASCの認証取得を目指し、漁業者や関連企業、NGOなどが連携して漁業の持続可能性を高めるための取り組み。
松井 飲食店がエコラベルの商品を積極的に使おうと思っても、魚種が限られてしまう課題もあります。現状では、ラベルの有無に関係なく、資源管理に意識を持っている漁業者とつながりを持つことも大切。また、生産者もできる限り獲る量を減らし、その分、血抜きや神経締めで鮮度保持をするなど、ていねいに扱って高く売れるようにすることも、広い意味で資源管理につながるのではないかと思います。