2019/06/25 特集

(PART:1)考察「魚と外食」大切な食文化を守るためにできること(3ページ目)

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消費地が求める魚種以外は流通に乗らないのが現状

佐々木 五月女さんが飲食店を経営する立場から感じる、漁業の課題はどんなものがありますか?

五月女 生産地と消費地の間の流通コストに問題があると考えています。そもそも私が生産現場の現状や課題を考えるきっかけになったのは、東日本大震災でした。2011年以降、食材の仕入れ値が年間で10~15%くらい値上がりし続けたので、その理由を調べてみたんです。すると、中間流通コストが高騰していることがわかりました。さらに、消費地での食材の仕入価格は上がっているのに、生産地での販売価格はなぜか下がっている。そこに、大きな矛盾を感じたんです。

佐々木 なぜそんな状況が起きてしまったのでしょうか?

五月女 当時、当社の年間の食材仕入れ価格は1億円ぐらいでしたが、そのうち食材自体の価格はわずかで、流通にかかるガソリン代や人件費などが大半です。間に入っている仲介業者が、震災の影響などでそれぞれ値上げをしたため、1次生産者の販売価格は下がっているのに、飲食店での仕入れ価格が上がっていたのです。しかも、価格が上がるだけならまだしも、勝手に品質まで下げられる事態も起きました。ある時、自分の店で「レンコンの挟み揚げ」を食べたら、以前と比べてクオリティがかなり下がっていたんです。調べると、仕入れるレンコンや肉の質を下げられていたことがわかった。しかも問屋さんに聞いても、仕入れ元をたどれない状態で、トレーサビリティ(追跡可能性)の面でも機能していませんでした。その後、業者を変えましたが、根本的な解決にはならないと感じ、「自分たちで野菜を作ってみよう」と山梨で農業を始めたんです。

上の図は、一般的な水産物の価格構造の内訳を表したもの。生産者の販売価格(受取価格)が29.2%で、最終的に消費者のもとに販売される小売経費が32.9%。残りの4割弱を中間流通のコストが占めている

浅尾 最初は漁業ではなく、農業だったんですね。

五月女 店のスタッフが「キャベツに虫が付いている」と本気で怒っているのを見て、若いスタッフは野菜などを育てている現場について、何も知らないのではと感じたのもきっかけの一つです。今の若い人は、家族が農業や漁業に関わっていないケースがほとんどで、食材の知識が乏しい。飲食店で働くうえで生産地のことをもっと知ってほしいと思ったんです。とはいえ、実際に自店の食材をすべて育てるのは不可能なので、農場はあくまで生産現場を体験する場に留めています。そんななか、三重県を訪れる機会があり、消滅しそうになっている漁村の現状を目にして、何かできることはないかと考え、漁業を始めることにしました。

松井 先ほど五月女さんが仰っていた仕入れ価格の高騰については、不十分な資源管理により、小さすぎて食用に回らない魚が増えたことで、少ないパイを巡って価格の高騰が起きている面もあります。つまり値が付く魚自体が減っているのです。

五月女 それは、私も定置網漁を始めてから実感しました。苦労して獲った魚も、8割は人が食べておらず、養殖用のエサにしたり、捨てられるものも少なくありません。

株式会社ゲイトによる定置網漁の様子。約200人が住む三重県の漁村の危機を知り、飲食企業ながら漁業参入を決めた

森枝 売れないとわかっていても、漁協は買い取るんですよね?

五月女 漁協は買い取りますが、市場で売れなければエサにしかなりません。だから、そういう未利用魚を買い取り、加工場で干物などにし、車で東京に運んで自分たちの店で提供しています。一般的な魚種ではありませんが、実際に食べるとおいしいですから。

佐々木 未利用魚がそれだけ多い理由は何なのでしょうか。

五月女 消費者がほしがらないからです。スーパーや飲食店などでよく見る限られた魚種以外は流通ルートにすら乗らないので、いわゆる“雑魚(ざこ)”が水揚げされても、行き場がないんです。

銭本 だったら、売れない魚は逃がせばいいと考える人もいるかもしれませんが、生産現場では獲らざるをえない事情もあります。私も定置網漁に行きますが、網の中は値が付く魚と逃がしたほうがいい魚が混ざった状態です。これを海の中で選別するのは至難の業なので、まずは一旦すべて船に揚げるのですが、そこで未利用魚を選別して海に戻したとしても、すでに弱っているので大半が死んでしまうんです。

松井 漁業経営者からすると、小さな魚を海に返したくても、従業員の作業が増えればその分人件費もかさむので、経営判断としてはやむを得ない部分もあると思います。

五月女 未利用魚と呼ばれる魚の平均価格は1kgあたり30円程度。例えば、市場で1トン3万円で売れたとして、手数料が5%なら1500円しか漁協には入りません(漁師に2万8500円)。漁協の仕事として、魚を分ける手間などがあり、氷もタダではないので、「(未利用魚は)持ってこないでほしい」というのが本音だと思います。

佐々木 そういった魚を有効活用できるのか、できたとしても資源管理の面でプラスなのか、難しい問題ですね。

五月女 獲ってしまったものは、工夫してきちんとおいしく食べてあげた方がいい、と考えています。

森枝 未利用魚も、調理や工夫次第でおいしく食べられますからね。私も店でブラックバスやブルーギルなどを使っていますが、「おいしい」と驚かれるお客様が多いです。

松井 未利用魚の活用と平行して、獲らないようにする努力も重要です。

佐々木 未利用魚を獲らないようにするのは可能ですか?

フードライター 佐々木ひろこ(ささきひろこ)氏 フードライター兼翻訳家。アメリカの大学で調理師の実技やジャーナリズム論などを学び、帰国後は料理専門誌を中心に幅広く執筆を行う。2年前、取材をとおして日本の漁業を取り巻く危機的状況を深く理解し、これを機に水産資源の保全・改善の啓蒙活動を行うシェフ集団「Chefs for the Blue」を発足し、理事を務めている。

五月女 定置網漁の場合、サイズが小さい未利用魚については、網の目を大きくするとか、設置する場所を見直すといった方法で、ある程度は獲る前に選別することが可能だと思います。

松井 将来、水中カメラで網の中を確認できるようになれば、“市場で売れる魚が入っていなければ網を揚げない”などの判断も可能になると思います。

五月女 そういうのは、地域全体で取り組む必要がありますね。誰かが魚を無駄に獲らなくても、ほかの船が獲ってしまったら意味がないので。水産業の現状に危機感を持って、行動する人が増えることが重要だと思います。

佐々木 飲食店には、そうした努力をしている地域や漁業者を支えていく視点も必要になりそうですね。

五月女 生産地にしっかり儲けが出ることが大切。日本の外食市場は25兆円ほどあるので、飲食企業の1割でも生産現場に足を運んで現状を見て、生産地が潤うような活動をしてくれたら大きく変わると思います。

佐々木 五月女さんのお店では、あえてメニュー表に魚種をのせていないそうですね。

五月女 ええ。「生産地ファーストコース」という名前で、そのとき手に入る魚種しか使わないので、まさに日替わりです。自分たちが獲った魚のなかで刺身にできるようなものは、地元市場の仲買さんなどに買ってもらいます。これは、現地の人たちに経済的な影響を及ぼしたくないから。そして、売れ残ったものを買い戻して加工し、店で炙りなどで提供しています。

佐々木 五月女さんは、飲食店と生産者の両方の立場を理解されていると思いますが、生産者の立場から飲食店にやってもらえるとうれしいことは何だと思いますか?

五月女 まずは、現地に来てもらって、現状を知ってもらうのが一番だと思います。先日も東京から知り合いを家族で招いたんですが、「魚が臭くない」と驚いていました。生産地の現状だけでなく、魚のおいしさも含めて、来ないとわからないことは多いはずです。

浅尾 生産現場に来てもらう、という意味では、私も一般の方向けに漁船クルージングなどを行っています。これは、カキ養殖は冬が繁忙期なので、比較的時間ができる夏場に、生産現場を知ってもらえるような取り組みをできないかという想いからスタートしたものです。鳥羽市には海女さんの漁を目当てに来る観光客の方も多いので、そういう方向けに、クルージングのほかに夜光虫の見学ツアーなども行っています。参加した方が「海を満喫できた」ととても喜んでくださり、リピーターになってくれています。こういう取り組みも自分たちの食材を売り込む場になるのではと感じています。

銭本 私が普段やり取りさせていただいている料理人の方々のなかにも、生産現場を盛り上げたいという人が多く、「きちんと現場を見たい」と言って来てくれます。

森枝 料理人の人たちに、漁の様子を見てもらうんですね。

銭本 はい。みなさん、時間のないなか来てくださるので、ものすごくタフなスケジュールになることが多く、漁の見学ではほぼ全員が船酔いされます。それでも、私がこだわっている鮮度保持の方法を知っていただきたいので、船上ではなく、帰港してから血抜きや神経絞めを見てもらっています。

佐々木 本来、生産者はもっと敬意を払われるべきだと思うのですが、流通の構造などが原因で、消費地で生産者の苦労や実態が見えにくくなり、下請けのように扱われているように感じます。やはり、現場を知ってもらうことは大事ですね。

五月女 当社では、昨年、500人ぐらいの企業経営者を尾鷲に招いて漁を体験してもらいました。見に来たからといってすぐにビジネスにつながるわけではないですが、興味を持ってもらえることは多いです。

松井 私も昨年、三重県で「答志島(とうしじま)トロさわら」のブランド化のためのイベントに参加させていただきました。その際、新しいレシピの考案や意見交換のため、東京の飲食店の方を産地にお連れしたのですが、生産者の方にとってもよい刺激になったと感じています。一般的に漁業者の方は、自分が釣った魚について、「おいしかった」「感動した」といった声を聞く機会も少ないので、飲食店の方との交流は意義深いと思います。

森枝 生産地に行くと、いろいろな情報が手に入るし、農作業などを手伝って仲良くなると、その後もいい関係が築けます。ただ、訪問先はあまり増やしすぎないように気をつけています。魚ならここ、野菜ならここ、と決めて、あまりやみくもにいろんな場所にいくのではなく、お付き合いのあるところに定期的に通って、密にコミュニケーションを取るようにしています。

五月女 お互いの理解を深めることが大切ですね。生産現場では、消費地が求める魚種を常に獲れるとは限りません。産地で獲れた魚をどう使うかが、飲食店の頭の使いどころだと思います。一方で生産者も、「今獲れればよい」という考え方では事業が永続しないので、長期的にどうすればよいのかを考えていくことが大切ですね。(次回に続く)

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