2020/07/28 特集

こんな時だからこそ、できることを。生産者は、いま―。

飲食店の営業自粛、再開後の客足減少など、様々な要因で厳しい状況に置かれている生産者。彼らは、いま何を考え、今後をどう見据えているのか。前向きに頑張る生産者、そして、生産者と支え合う飲食店を紹介する。

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頑張る!生産者/オーガニックファーム 所沢農人

オーガニックファーム 所沢農人
埼玉・JR東所沢駅周辺2カ所に畑を持ち、耕作面積は計8,000㎡。自然環境や生物の力を借りた野菜作りがモットーで、良質な有機質肥料のみを使用し、露地栽培で年間150品目以上を生産する。マルシェなどでの販売と「セット野菜」の宅配が主な販路。就農希望者や地域の小学生などの農業体験も受け入れている。

川瀬 悟氏/大学院で森林生態学や多様性生物学、植物社会学などを学ぶ。10年間の会社員生活を経て、農業研修生として有機栽培技術を研鑽。2018年4月、所沢市にて新規就農。
畑はいずれもJR東所沢駅から徒歩圏内。土質が軽く、水はけに優れた土壌で、野菜作りに向いているという

複数の販路の確立によりコロナ禍でのリスクを分散

 埼玉県所沢市のJR東所沢駅からほど近い住宅地。そこに隣接して農地を構える「オーガニックファーム所沢農人」。10年間の会社勤めを経て農業の道に進んだ川瀬悟氏が2018年に開園し、1人で営む農園だ。化学肥料や農薬を使わず、有機質肥料のみを使用する栽培方法で、周辺環境や生物など自然のメカニズムを活用した野菜作りに取り組んでいる。栽培品目は年間150品目以上で、初夏のこの時期はキュウリやズッキーニ、トマトなどの夏野菜に加え、タマネギやジャガイモなど約20品目が収穫を迎える。また、真冬に収穫するニンジンを丸ごとすり潰して作るジュースも、オリジナル商品として通年で販売している。

「所沢農人」の年間生産カレンダー。家庭で食卓に並んだ時の彩りも考慮し、同じ野菜でも風味や色の異なる品種を時期ごとに栽培
  • ジュース用のニンジンは真夏に種をまき、真冬に収穫。川瀬氏がトラックで新潟の加工業者に持ち込んで製品化
  • 「所沢ブランド特産品」に認定されている「にんじんジュース」は、野菜が苦手な人もおいしく飲めると評判

 生産する野菜は、ほぼ全てが一般消費者向け。その販路は大きく2つあり、1つは各地のマルシェや朝市での対面販売。もう1つは、「セット野菜」のネット通販だ。「どちらも定期的に購入される方が多く、『野菜嫌いの子どもが喜んで食べるようになった』などの声を直接聞けることは、大きな励みになります」と川瀬氏は語る。

 2つの販路のうち、平時は対面販売が売上の3分の2を占めるが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で3月以降はマルシェなどのイベントが軒並み中止に。販売機会が激減し、やむなく一部は収穫せず、畑に残して堆肥化した。「価格を大幅に下げれば、引き取り手は見つかったかもしれません。でも、農業を始めた当初から価格競争には加わらず、おいしさや安心に付加価値を持たせた野菜作りをすると決めていたので、今回もその選択肢は自分の中にありませんでした」と説明する。

 一方、“ステイホーム”において家庭で食事をする機会が多くなり、「セット野菜」を定期購入する人の注文頻度がアップ。また、近隣住民や地元の飲食店が「セット野菜」を買いに直接農場を訪れることも増えた。「週2回、ハウスで出荷作業をする17時前後に取りに来てもらっています。通販と合わせると、セット販売はコロナ前と比べて150%に増えました」(川瀬氏)。

旬の野菜10種ほどを詰め合わせた「セット野菜」をWebで販売。大3,000円、中2,500円、小2,000円の3サイズ(送料別)。おすすめの調理法などを記した説明書も同封し、定期購入する人が多い

 複数の販路を持っていたことがコロナ禍での打撃軽減につながった形だが、川瀬氏はリスク対策としての販路拡充を重要と考える一方、やみくもに販路を増やせばいいわけではないとも指摘する。「想定する販路によって、野菜の作り方も変わってくるからです。多品目を化学肥料・農薬不使用で栽培するのも、個人のお客様に向け、おいしくて安心な野菜を、年間を通して途切れず提供したいとの想いから。誰にどんなものを届けたいのかをしっかりと描き、それに沿った野菜を生産することが大事だと考えています」。

 今後も「セット野菜」に注力し、順次再開されるマルシェにも参加予定。また、地元の生産者との連携にも取り組み、同じ県内の川越駅前に6月に開業した商業施設に、有機栽培に取り組む所沢市内の生産者たちと共同で野菜を出品している。「思い通りにならない自然を相手にするわれわれ農家は、困難に直面してもすぐに頭を切り替え、『今何ができるか』を考える癖が身についている気がします」と、笑顔で話す川瀬氏。近隣の生産者との連携を深めながら、事業の継続性をより一層大切に、野菜作りに真摯に向き合っている。

埼玉県内や都内のマルシェなどのイベントでも野菜を販売する。コロナ感染拡大の影響で中止されていたが、7月以降に順次再開の予定

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