2023/07/14 特別企画

”ノンアルコール”という新しい酒文化の誕生~ロー・アルコホリック・カフェ・マルク~

酒は飲めるがあえて酒を飲まない、あるいは少量しか飲まないライフスタイル「ソバ―キュリアス」が、世界的なトレンドに。自ら実践し、ソバ―キュリアスたちが集まるバーをオープンした作家・桜井鈴茂氏に話を聞く。

URLコピー

ソバーキュリアスという生き方

 ノンアル(ノンアルコールドリンク)はまずい。いまだにそう思っている人は多いのではないだろうか。

 酒宴の後、車を運転する必要があるときなどに、仕方なく飲むドリンクというイメージが強い。実際、日本のノンアル市場は、道路交通法改正で飲酒運転が厳罰化された2000年代以降に急速に拡大した経緯がある。しかし、そんなイメージが、今後は払拭されていくかもしれない。

 最近の若者は、あえてノンアルを選ぶという。最初にワインを飲んで、途中からノンアルを飲むというような飲み方もする。飲めないから「仕方なく」選ぶのではなく、酒のひとつとして「好きだから」選ぶ、そんな傾向が広がっている。

 「ソバーキュリアス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。酒が飲めないわけではないが、あえて酒を飲まない、あるいは少量しか飲まないライフスタイルをそう呼ぶのだそうだ。自分の身体や精神の健康を考えて、あるいは無駄をなくし、より豊かな人生を送るために、「飲まない選択」をするムーブメントは世界的なトレンドになっている。

飲む人と飲まない人が仲良くなる店

「ロー・アルコホリック・カフェ・マルク」桜井 鈴茂 氏

 日本にもソバーキュリアスは増えている。自ら実践し、ソバーキュリアスたちが集まるバーを作ってしまった人がいる。第13回朝日新人文学賞受賞作の「アレルヤ」や「できそこないの世界でおれたちは」などで知られる作家の桜井鈴茂氏だ。

 桜井氏が営む「ロー・アルコホリック・カフェ・マルク」(目黒・学芸大学)は、普通の酒もあるが、ノンアルやローアル(アルコール度数の低い)ドリンクを豊富に置いている。アルコールはビール、ワイン、ウイスキー、ジンなどが合わせて12種類なのに対し、ノンアルは、ビール、スパークリング、ワイン、ジンなどが合わせて32種類。そのほかにコーヒーや紅茶なども飲める。

 料理も本格的。黒板に書かれたメニューを見ると、中東料理のファラフェルやフムスなど5種のタパスを盛り合わせた日替わりのマルクプレートやシーフードドリア、アヒージョなど酒のつまみに合いそうな料理が20種ほど。ガトーショコラなどのスイーツもある。桜井氏の奥様、高橋のぶ子氏のお手製だ。

 カウンター正面にレコードのターンテーブルがドンとあるのは、音楽好きな桜井氏らしい。音楽を聴きながら、タパスをさかなに、ワインやウイスキーを飲むお客とノンアルを飲むお客が入り混じる。「うちには、飲む人も飲まない人も来ます。ソバーキュリアス実践者だけでなく、普段は飲むけど休肝日にうちに来るという人や、酒場の雰囲気は好きで憧れていたけれど飲めないから行けなかったという人、いろいろな人がいます。飲む人と飲まない人がこれほど仲良くなれる酒場って、他にはあまりないのではないでしょうか」。

もともとは大の酒好き

 桜井氏は、もともとは大の酒好き。毎日のように飲んでいたと言う。「明日は仕事だから今日はやめとこうと思っていた日でも、ちょっとだけならいいだろうと、頭の中で言い訳をして飲み始める。だけど、酔うと気が大きくなるからもう一杯、もう一杯と深酒してしまう。そんなことを毎日やってました」。

 桜井氏は、仕事の打ち合わせも酒を飲みながらすることが多かったそうだ。「酒が入ってないとしゃべれないところがあって」。しかし、酔うと会話は弾むが、時に口が過ぎてしまうこともあるのが、世の酒飲みの常。「それで、翌日後悔して落ち込んだりしてました」。歳とともに、酒のいいところより、マイナス面が気になるようになってきた。

 「時間がもったいないと思うようにもなりました。だらだらと飲み続けるのも、二日酔いで翌日ボーっと過ごしてしまうのも、もったいない。酒のせいで自分の人生の貴重な時間を無駄にしていたのではないかと気付き、飲まない人生を選択する決意を固めました」。

感動のノンアルドリンクとは

ノンアルとは思えないおいしさに驚いたと言う「アルコール除去ワイン」(写真左)。店内の黒板メニューは、季節や日替わりで変わる(写真右)

 とはいえ、晩酌は楽しみたいし、行きつけのバーにも行きたい。酒が嫌いになったわけではないが、酔っ払いたくはない。悩んだ末に行きついたのが海外のノンアルドリンクだった。

 「日本のノンアルもかなりおいしくなってきましたが、海外のものと比べると見劣りしてしまう。私が最初に感動したのは、ドイツのノンアルビールだったんですが、調べてみるとそもそも造り方が違いました。日本は、いろいろな成分を混ぜてビールの味に近づけていくものがほとんどですが、海外では、普通にビールを醸造してから、アルコールを抜くスタイルが主流。だからビールの香りや味わいがそのまま残る。最初に飲んだときには、そのおいしさに感動しました」。

 桜井氏は、そのビールを輸入業者に頼んで大量購入。行きつけのダイニングバーなどに卸して、おいしい料理とおいしいノンアルビールで晩酌を楽しむようになる。「その頃の酒場にあるノンアルは、僕の口には合わないものばかりでしたから」。

  桜井氏はその後、世界には、こんなにおいしいノンアルがあることを他の日本人にも知ってほしいと、ノンアルコール飲料専門ECサイト「maruku(マルク)」を立ち上げる。それが「ロー・アルコホリック・カフェ・マルク」のオープンへつながっていく。

 「ワインも、ノンアル、ローアルはトレンドの一つです。ビール同様、感動的においしいものが海外にはたくさんあります。食事との相性ももちろんいい。スパークリングワインもおすすめです」。

 今やノンアルは、飲めない人のための酒の代用品ではなく、酒の一つなのだ。選択肢が増えたと考えるべきなのだろう。酔わない酒飲みが、今後は増えていくのかもしれない。若者たちのアルコール離れに危機感を持つ飲食業界にとって、おいしいノンアルは、もしかすると彼らを呼び戻す秘密兵器になるのではないだろうか。

取材協力:「ロー・アルコホリック・カフェ・マルク」
https://maruku09.com/
東京都目黒区鷹番3-20-2 
03-6451-0944

※株式会社テンポスホールディングス刊「スマイラー」87号より転載

■飲食業界誌「スマイラー」

“飲食店の笑顔を届ける”をコンセプトに、人物取材を通して飲食店運営の魅力を発信。全国の繁盛店の紹介から、最新の販促情報、旬な食材情報まで、様々な情報を届けている。毎月15,000部発行。飲食店の開業支援を行う「テンポスバスターズ」にて配布中!

「スマイラー」公式サイトはこちら!