Vol.160
“カスハラ”に対決できるのは店長
「東京都カスタマーハラスメント防止条例」(カスハラ防止条例)が、2025年4月1日から施行されます。外食業の現場(店)を半世紀以上見てきた私としては、ひとまず、ほっとしています。
「何だ、その態度は!」「俺は客だぞ!」「どうしてくれる!」「社長を呼べ!」といった罵詈雑言をお客様が働く人に浴びせる場面を見てきて、本当に外食業は大変だと暗然たる気持ちになったものです。
外食業に働く人が集まらない理由の一つがこのモンスターの存在です。どんな業種にもモンスターは存在しますが、外食業のモンスターは、タチの悪いやからが多すぎます。
多くのお客様の中で、そういう場面に遭遇して「外食業で働くのはやめておこう」と心の中で思っている人が少なくありません。そういう理不尽な言動に対して一定の法的な歯止めがかかることは、いいことです。
カスハラの現場に立ち会って、私が一番腹が立つのは、店長(もしくは時間帯の責任者)の見て見ぬふりです。本来ならば、責任者がカスハラ客に対して、身体を張って対応しなければならないのに、知らん顔を決め込み、矢面に立とうとしません。「危機管理、説きし店長は雲隠れ」なのです。普段から偉そうなことを言っている店長が全然頼りにならず、逃げの一手。「それはないでしょう。あなたが対応しなさい」と、カスハラ客以上に逃げる店長に腹が立ちます。
一方、普段はふわふわして頼りなさそうな感じの店長が、しっかりとカスハラ客に対応していることもあります。そういう店長には、ぐっと信頼感が増します。人間は本当の危機に直面すると地金(じがね)が現れるものですね。
私の経験で驚いたのは、だいぶ昔の話になりますが、大手イタリアン・ファミリーレストランの社長を取材していた時のことです。何かの間違いで、社長室にクレームの電話がつながってしまったのです。
そのクレームに社長自らが対応していたのですが、あまりにしつこいクレーマーだったのでしょう。堪忍袋の緒が切れた社長がいきなり「もう、アンタは来なくていいよ!」と電話口で怒鳴りつけ、電話をガチャッと切ってしまいました。そして私に向かってぽつりと一言。「お客様よりも社員が大事」だと。
この社長の行ったことが良かったのか、悪かったのかはわかりません。もしかしたら電話の主が正当なクレーム(主張)をしていたのかもしれません。しかし、その場にいた私はすっきりしましたね。「お客様よりも社員が大事」だという言葉がすとんと胸に落ちました。これと対極にあるのが「お客様は神様です」という言葉です。しかし、この「神様」という言葉がひとり歩きして、それがカスハラ客を増長させたことも否定できない事実です。
「お客様は神様です。でもあなたは違いますよ」。時には断固として、この言葉を発しなければなりません。それを発することができるのは、店長と時間帯責任者なのです。
カスハラ条例が施行されて、一番強く求められるのは、何がカスハラなのか、会社が決める基準を明確にすることと店長の毅然(きぜん)たる態度です。
クレームを仕分けして、店をもっと強くする
一方、クレームは改善の宝庫でもあります。理不尽な要求も少なくありませんが、店が抱えている問題点をズバリ正しく指摘していることもあるのです。
料理の提供時間が遅い。料理の盛り付けが雑だ。料理の温度が低い、あるいは熱すぎる。これらは、単純なクレームのように思えますが、調理機器の欠陥、技能の不足、人が足りない、調理工程が複雑すぎる、といった、商品の、あるいはオペレーションの根本的な欠陥を指摘していることが、しばしばあるのです。
それらは、店の進化の原動力です。これらのクレームと真正面から対峙して、これを本部が集約して、優先順位をつけて一つ一つを改善していけば、顧客の満足は確実に上がります。そして客数も伸びます。大事なことは、集約して、トップを交えた改善会議で、とことん検討することです。そういう仕組みができていることです。
現実はどうでしょうか。ただただひたすら平伏してペコペコと平謝り、お客様が言い疲れして去るまで耐える。お客様にとっては「のれんに腕押し」で不満はちっとも解消されません。「こりゃダメだ」と諦めて立ち去る。対応した店側の方も、やれやれ、とんだ目にあった、とひと息ついてそれで終わりです。これではいつまで経っても、店の欠陥が浮き上がりません。そして、改善の糸口がつかめないまま、また同じクレームの襲来を受けるのです。
繰り返しますが、店で起こったことが集約されて、そのデータが改善会議の議題として取り上げられることです。何よりも、問題点の指摘を集約する仕組みになっているかどうか、です。
それから、クレームに対して専守防衛の姿勢に終始するのではなく、積極的に耳を傾け、改善・進化の糧にしようとする姿勢を持っているかどうか、です。昔、ソニーがウォークマンを開発した時、他の電機メーカーもこぞって同じ機能の商品を作ってソニーの後を追いました。それでもソニーのウォークマンよりも個数を伸ばして売れたメーカーは一つもありませんでした。
当時、ソニーのある開発担当の友人に「何で常にトップをキープできるの」と質問したところ、このような答えが返ってきました。「そりゃ、クレーム数が一番多いからさ」。
操作してたらここがすぐに壊れる、形や色がダサい、重すぎる、機能が多すぎる(あるいは少なすぎる)…とクレームの内容は千差万別ですが、それをきちんと仕分けして、その一つ一つを改善していく。要するに、改善会議がちゃんと機能していて、それが新製品に反映されていたのです。
新製品というものは、基本的に既存商品の欠陥を克服した改善品ですから、改善の原資(クレームの数)が多ければ多いほどいい新商品を出せるのです。クレームを燃料にして、進化し続けているのです。
外食業は、毎日お客様のクレームに接し続けているわけですから、膨大なデータ(進化の原資)があるはずなのに、それを活かして店を強くするという道を歩んでいるところは、本当に少ないですね。
多すぎるので、その場その場の対応に精一杯というのが実情です。でも、そろそろ、この「降りかかってくる火の粉を振り払う」ような受け身の姿勢から脱却しようではありませんか。確かに、ただのノイズも多く、その場の対応だけでくたくた、という実情があることは認めます。だから、店(あるいは会社)としての基本コードを作らなくてはなりません。
カスハラと正当なクレームを分ける基準を持つ、が第一です。そして、正当なクレームに対してどう対応するかを明確にして、集約の方法を決め、改善会議の責任者を決めなければなりません。それができるときに初めて、前進のスタートラインに立てるのです。
カスハラ条例の施行によって、「やれやれ感」がはびこって、店の進化が止まってしまう可能性だってあります。カスハラ防止条例には、そういう負の側面があることを肝に銘じておかなければなりません。
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