2019/07/29 特集

(PART:2)考察「魚と外食」大切な食文化を守るためにできること(2ページ目)

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【座談会】飲食店と直接つながれば生産者の意識も変わる

佐々木 では、漁業者の立場から浅尾さんが感じる課題はありますか?

浅尾 生産者はもっと、飲食店など消費地のことを知るべきだと思います。私は10年前からカキの養殖業を始めて、焼きカキ屋も経営しています。焼きカキ屋を営業するなかで、お客様を満足させて追加注文をもらうには、焼き加減や盛り付けなど、様々なことにこだわらないといけないと気づきました。

養殖漁業者 浅尾大輔(あさおだいすけ)氏 三重県鳥羽市で、カキやアサリなどの養殖ほか、焼ガキ小屋の経営や養殖場の見学ツアーなどを手がける。アサリ養殖では、カキ殻を使った養殖法を確立し、平成25年度の天皇杯(水産部門)を受賞。「浦村アサリ研究会」の代表も務める。

五月女 消費者の目線を知ることができたんですね。

浅尾 すると、お客様が喜ぶポイントを知ったうえで漁に出るので、自然と考え方も変わっていくんです。どうすれば出荷後も鮮度を保てるか、おいしくなるか、飲食店が使いやすいかなどを考えるようになる。でも、周りにはそういう発想を持っていない漁業者も少なくないと感じます。

森枝 箱に詰めて出荷するまでしか考えていないということですね。

浅尾 私のいる三重の鳥羽や伊勢志摩は、京都や大阪、名古屋など、大都市への流通の便がよいことも関係していると思います。需要量が多かったので、特別な処理をしなくても売れるという状況が昔から続いてきたんです。

五月女 具体的には、どういう工夫をするようになったんですか?

浅尾 箱への詰め方や、その前の洗浄などに気を配るようになりました。私も直販を行っていますが、よい状態で飲食店さんにバトンタッチできれば、料理人の方もていねいに扱ってくれますし、おいしい状態でお客様の口に届けられると思っています。

松井 そういう思いを知れば、飲食店も自信を持って提供できますよね。

浅尾 もう一つ考えているのが、養殖の地位向上です。日本では養殖ものが天然ものより下に見られがちですが、昔より技術が向上して品質のいい養殖の魚介が増えています。特にカキ養殖は、エサを与えて育てるのではなく、海が自然に育んでくれる「無給餌養殖」なので環境にもやさしい。技術の向上で品質も安定しているので、大きな可能性を秘めていると考えています。

森枝 養殖については、特に若い人を中心に意識が変わりつつあると思います。“養殖はまずい”というイメージも薄くなってきていると感じます。

佐々木 一方で、養殖は使いづらいと言うシェフも少なくありません。それは、「2万円のコースなのに養殖ものを使っているの?」と眉をひそめるお客さんもいるから。ただ、最近は養殖の品質も本当に上がっていますし、天然資源が世界的に減少するなかで、養殖ものを使うことは大切だと思います。

松井 ブリなどの給餌養殖の場合は、エサとして大量のイワシやサバを使うので、資源管理の観点では問題もあります。そういう意味では、無給餌養殖は今後の水産業においてとても重要になってくるはずです。

浅尾 カキ養殖は、生産者ごとに畑で農作物を育てている状態に近いので、限られた資源を取り合って資源を枯渇させるような構図になりません。既存の漁業者にとっても新規参入者が増えることへの抵抗はないので、後継者不足にもなりにくいです。

佐々木 浅尾さんは、アサリの養殖もされているそうですね。

浅尾 カキ殻の粉を特殊な加工で固めた粒を使ったアサリ養殖を行っています。この粒をネットに入れて浜に置いたところ、半年後に「誰かが入れてくれたのかな」と思うほど大量のアサリが入っていたんです。これは、アサリの幼生を溶かしてしまう酸性化したヘドロをカキ殻のアルカリ成分が中和し、ネットの中だけアサリの成育に適した環境にすることができたからです。

松井 全国に広がりを見せている画期的な養殖方法ですが、浅尾さんはその第一人者なんです。

浅尾 最初は冗談半分に「こんないい方法は、内緒、内緒」と言っていたんです。でも、全国的にアサリが激減している現状を知り、私たちのエリアだけではなく、ほかの地域でも獲れるようにしていかなくてはいけないのではと考え、「浦村アサリ研究会」を立ち上げて普及活動に取り組んでいます。

浅尾氏ら「浦村アサリ研究会」は、カキ殻を加工した粒を利用した画期的なアサリの養殖法を確立。全国に普及する活動を行っている

森枝 カキ殻をネットに入れて海岸に置いておけば、そのなかに大きなアサリがたくさん入っているなんて、すごい発見ですね。

佐々木 浅尾さんは、漁業者の減少や高齢化をどう考えていますか?

浅尾 高齢化よりも、資源管理への意識を含めて、やり方や考え方を変えないことが問題だと思います。例えば、スマートフォンを使って雨雲レーダーを見れば、漁師の勘などを頼らずに海の天気を予測できますし、情報発信も容易です。また、獲った後、干物にして真空パックにするなど手間をかければ、価格は何倍にもなるので、何百キロも獲る必要はなく、数キロで日当分くらいにはなるはず。その手間を惜しんだり、加工していたとしても設備の減価償却費や純利益などの計算をせずにどんぶり勘定でやっているため、無駄な経費を削減できなかったりするんです。

松井 日本全体を見れば漁業者の減少は大きな問題ですが、昔の意識のままの人ばかりなら、むしろ人数が減ってくれたほうがいいと思っている若い漁業者さんは少なくないと感じます。

浅尾 五月女さんがいる尾鷲のように、新規参入者を現地の漁業者の方が手伝ってくれるようなかたちがいいですね。私の地域でも、以前にワカメ養殖をやっていた方が、繁忙期に手伝いに来てくれて助かっています。

五月女 銭本さんのところは、新規参入の人に対してどうでしたか?

銭本 私は県外から対馬に移住して何も知らないところから一本釣りの漁師を始めたので、「助けてやろう」という雰囲気でしたね。Aさんから釣り方を教えてもらうと、「この方法は誰にも言うなよ」と言われ、違う方法を教えてくれたBさんにも同じことを言われて、ありがたいことに、たくさんの漁法を教えてもらうことができました。

一本釣り漁師 銭本慧(ぜにもとけい)氏 合同会社フラットアワー代表。環境学博士。ウナギの漁獲量の急減に危機感を覚え、水産業に携わることを決意。長崎県対馬市で一本釣りの漁師となり、釣った魚を飲食店などに直販するほか、子ども向けの水産教育活動も行う。

浅尾 私たちの地域でも、周囲に悟られないように漁協ごとに魚の呼び方が違ったりします。釣りの仕かけは、親兄弟でも教えないという世界ですから、閉鎖的な部分はありますね。

森枝 文化として見るとおもしろいですけど、どこかで変えないといけないのかもしれないですね。

松井 元気なエリアは、第三者が新規参入しているケースが多いですよね。漁村の閉鎖的な部分やしがらみを気にせず自由に動けるからでしょう。

銭本 漁師になって、最初に問題だと感じたのは流通の部分でした。私の所属する伊奈漁協では、地元で獲れる「いなサバ」というブランド名のマサバを水揚げしています。漁師が釣ったいなサバは漁協を通して福岡の市場に運ばれて翌朝セリにかけられるのですが、「今日は大漁だった」と思っても、翌日の明細を見て「え?」と驚くことが多かったんです。

森枝 予想より安いということですね。

銭本 その理由は、他地域でもサバが大漁で同じ市場に水揚げされれば値崩れが起きるからです。漁協から市場までの輸送コストは漁師負担で、ガソリン代や氷代などを考えると値崩れしたときは完全に赤字です。こういうことが1シーズンに何度かあり、赤字でなくても、それなりの漁獲量なのに手取りが少ないことは多い。そもそも出荷時に売値がわからないのも問題だと感じ、それなら自分でお客様を探して直接販売した方がいいと考えたんです。

五月女 それで飲食店などへの直販を始めたんですね。

銭本 もう一つ問題だと感じたのが、神経締めや血抜きなどの処理をして漁協に出しても、未処理の魚とほとんど価格が変わらないこと。だから、大半の漁業者が手間のかかる処理は行わないので、魚のポテンシャルを引き出せていないのです。私は、獲れた魚や提供するお客様に合わせて何パターンかの鮮度保持処理を使い分けているので、お客様にその狙いを説明し、ニーズにあった魚を提供することで高単価で販売できる。これも直販ならではです。

浅尾 お客様に直接販売すると、勉強になることも多いですよね。

銭本 お客様の喜んでいる声がダイレクトに返ってくるのもうれしいですし、自分では気づかない改善点を指摘されることもあります。

松井 今、銭本さんはどれぐらいの割合で直販を行っているんですか?

銭本 ほぼ100%直販です。最初は余れば漁協に出していましたが、今では直販の分だけ獲り、漁を切り上げるというスタイルに変わってきました。「いなサバ」漁の場合は夕方出航し、日付が変わるぐらいまで漁を行う人が多いですが、私たちは必要な魚が確保できれば夜9時ごろ引き揚げることもあります。

森枝 ほかの人たちは、釣れるならたくさん獲りたいし、途中でやめるのはもったいないと考えているでしょうね。

銭本 その分、私たちは漁の後の作業が多いです。船上で鮮度保持処理をして、帰港した後、飲食店の営業が終わるくらいのタイミングで獲れた魚の情報をSNSなどで送ったりしています。

銭本氏は、釣った魚をInstagramなどにアップし、直接取引している飲食店などに情報を発信している

松井 今後、漁船ごとに漁獲量の割当が決められるようになると思いますが、たくさん獲るという考え方から、銭本さんのように、獲った魚の価値をどう上げるかという発想に切り替えることが求められると思います。この考え方が広まっていけば、漁獲制限などの制度が変更になっても、無理なく対応できる漁業者が増えるはずです。

銭本 もう一つ、トレーサビリティー(追跡可能性)が整っていないことも問題だと思います。漁協を通した後の流通の管理が不十分なので、消費者が「いなサバ」と認識せず、よくても「長崎産のサバ」という程度の認識でしか食べていないケースが多いのです。先ほど浅尾さんがおっしゃったとおり、そもそも漁業者が箱詰をしたら終わりと考えており、その先の飲食店や消費者を意識していないことにも問題があります。そこで、取引している飲食店の声をまとめたニュースレターを作り、地域の漁師さんたちに配っています。いなサバがどのように消費者に届いているかがわかるので、漁師の方々もとても喜んでくれています。

佐々木 漁業者はもっと飲食店と接点を持って、処理の仕方でどう変わるかなどを聞いたほうがいいですね。

浅尾 昔は、飲食店でおなかをいっぱいにすることだけが目的でしたが、今は食材に込められた想いやストーリーが大事な時代ですからね。

五月女 飲食店とつながることで、明確に出口が見えることは大きいと思います。そうなればおそらく「もっと安くして」と安易に言ってくる仲買業者とは付き合わなくてよくなる。志のある生産者と飲食店が連携し、協業できるようになるのが理想ですね。

森枝 必ずしも高級店ばかりではなく、様々な価格帯のレストランがそれぞれの形で生産者とつながっていく体制を整えていければいいですよね。

五月女 飲食店は、メニューをある程度固定したいと考えるので、一部の食材は年間を通して仕入れたがります。でも、日本には世界に誇れる四季があって、本来は季節ごとに食べられる食材もまったく違うということを忘れてしまいがちだなと思います。

銭本 子どものころからの教育も大切だと思いますね。現在、島のいくつかの学校を回って食育活動をしています。対馬の小学校では、親御さんが漁業をしている家庭が珍しくないので、魚の減少を実感しているお子さんは多いです。また、最近、魚をさばく動画をアップしているYouTuberが人気で、魚への関心度は高いと実感しました。

浅尾 私も地元でアジをさばく教室を開催したことがあります。ただ、子どもたちが学んでも、お母さんが魚をさばけなかったりする。子どもに教えると同時にお母さんたちにも魚の扱い方を教えて、食卓に魚の料理が出る機会を増やすことも大切だと思います。

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