2019/07/29 特集

(PART:2)考察「魚と外食」大切な食文化を守るためにできること

2回連続特別企画の後編として、前回に引き続き、識者による座談会「これからの日本のの魚食を考える」を掲載。また、ブラックバスなどの未利用魚を使っている飲食店の取り組みも紹介する。

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日本の漁業の深刻な状況を踏まえ、日本の魚食文化を守るために何ができるのか。前回に引き続き、飲食店経営者である株式会社ゲイト 代表取締役 五月女圭一氏、料理人であり「UB1 TABLE」プロデューサーの森枝 幹氏 、養殖漁業を営む浦村アサリ研究会 代表 浅尾大輔氏、一本釣り漁師である合同会社フラットアワー 代表の銭本 慧氏、東京海洋大学 海洋政策文化学科 准教授の松井隆宏氏、フードライターで「Chefs for the Blue」理事を務める佐々木ひろこ氏の6名に話し合ってもらった。

【座談会】エコラベルの認知の低さや消費者の魚離れを実感

佐々木 漁業の厳しい現状をみなさんから教えていただきましたが、料理人の立場から、森枝さんが現在の水産業を取り巻く問題について感じることはありますか?

森枝 水産業が危機に瀕していることや、漁獲量が激減していることを、お客様の大半はまったく知らないと感じます。これまで、自身の店として客単価1万5000円くらいの「サーモン&トラウト」を手がけ、今は一食1000円前後の定食を提供する、株式会社ユナイテッドの社員食堂「UB1 TABLE(ユービーワンテーブル)」(以下、UB1)の運営に軸足を置いています。どちらの店でもエコラベル(地球環境の保全に役立つことが認められた商品を示すマーク)の食材を使ってきましたが、ラベルの存在すら知らない方が多いですね。

UB1 TABLEプロデューサー/料理人 森枝幹(もりえだかん)氏 オーストラリアや東京のレストランで修業。2014年より、「サーモン&トラウト」を開業し、同店のシェフに。ブラックバスや未利用魚の活用などにも取り組む。「Chefs for the Blue」のメンバーシェフの一人。

浅尾 海の問題といっても遠いところの話で、自分に関係することとして考えてはいないのかもしれませんね。

森枝 加えて、魚離れも進んでいると感じます。「UB1」では、魚料理よりも肉料理の方が明らかに出数が多く、2倍ほどの差が付きます。前提として魚がおいしくないと思われている気がして、切なくなりますね。

銭本 水産業の問題を伝える以前の話ですね。

森枝 こういう状況で、お客様に漁業の切実な問題を伝えても、「面倒くさい店だな」と思われてしまうだけ。また、エコラベル認証の魚は価格が高い割に必ずしも品質がいいものばかりではないという難しさもあります。

松井 一方で、最近では日本独自の水産エコラベル・MEL(メル/下記参照)など、取得のハードルを緩和したエコラベルを広めようという動きもあります。ただ、現状、MSCなどと比較してMELは認証の基準が緩すぎるように感じます。本来であれば、水産庁が旗振り役になり、きちんとした基準を設けるべきだと思うのですが、もったいない状況です(※)

■MEL(メル)とは

マリン・エコラベル・ジャパン(Marine Eco-Label Japan)の略称。「将来の世代にわたって最適利用ができるよう、資源と生態系の保全に積極的に取り組んでいる漁業や養殖業、流通加工業を認証する」ことを掲げる、日本独自のエコラベル。認証は、一般社団法人マリン・エコラベル・ジャパン協議会(https://www.melj.jp/)が行う。豊かな多様性に恵まれた日本の自然・産業・食文化を反映した「日本発 世界に認められる水産エコラベル」を目指している。

※MELは類似の指摘を踏まえ、2016年以降基準等の改定を重ね、国際標準であるFAO水産エコラベルガイドラインへの適合に向けGSSIの審査を受けている。

東京海洋大学海洋政策文化学科准教授 松井 隆宏(まついたかひろ)氏 2004年、東京大学農学部卒業。近畿大学グローバルCOE 博士研究員、三重大学大学院生物資源学研究科准教授などを経て2018年より現職。専門は農業経済学、水産経済学、漁業管理論、フードシステム論など。

佐々木 料理人の方が問題意識を持ってサステナブルシーフード(持続可能な漁法で獲られた魚介類)を使いたいと思っても、市場では手に入りにくく、エコラベル認証の食材にも様々な課題があるので、「結局、何を使えばいいのか」という壁にぶつかってしまう。現状では、資源管理について志のある漁業者と飲食店が個々でつながり、互いの取り組みを支え合うかたちが現実的なのではないかと思います。

森枝 料理人ができることとして、普段、スーパーで売っているメジャーな魚しか食べたことがない人たちに、「よく知らない魚でもおいしい」ということを知ってもらうことも大切だと思います。本マグロの中トロなど、ブランド化された食材ばかりがもてはやされる時代ですが、未利用魚の魅力を伝えて“価値の分散”をしていけば、海の資源を守ることにもつながると考えています。また、単価の高いMSCの食材を使うには、企業のバックアップが期待できて安定した集客が見込める社員食堂や、アッパー層をターゲットにした高級業態などでないと難しい。無理なくMSCなどの食材を使えるビジネスモデルを新たに見つけていきたいとも考えています。

五月女 森枝さんのお店では具体的にどういう魚を使っているんですか?

森枝 「サーモン&トラウト」では、繁殖力の強い外来種の淡水魚として問題になっているブラックバスやブルーギルを食材として使っていました。お客様には、あえて魚の名前は出さずに、例えば「白身魚のフライです」と言って提供し、食べ終わった後で「実は・・・」と伝えます。すると、みなさん驚いて、興味を持ってくれる。そういう会話を糸口に、水産業の問題についても、“説教臭い”“わずらわしい”と思われない程度に伝えるようにしていました。

「UB1 TABLE」で提供している「天丼」(1,000円)。ブラックバスやエコラベル認証を受けたエビなどを使用している

銭本 「UB1」でもブラックバスを使っているんですか?

森枝 メニュー表に表記はしていませんが、天ぷらなどにして提供しています。ブラックバスに対して「臭い」「汚い」などのイメージを持つ人もいるのではないかと思っていたのですが、「ブラックバスを使っている」と伝えても、意外とネガティブな反応は少ないです。特に若い人は、マイナスの先入観を持っていないのかもしれません。

五月女 お客様への伝え方も大切だと思います。店側が「未利用魚を使っています」という言い方をすると、一気にイメージが悪くなる気がします。

株式会社ゲイト代表取締役 五月女圭一(そうとめけいいち)氏 東京都内で居酒屋「くろきん」などを展開する一方、三重県尾鷲市にて地元漁協の准組合員となり、2018年3月から小型定置網漁を開始。未利用魚を市場で買い取り、現地で加工・冷凍して東京へ直送し、自店で提供している。

松井 確かに、未利用魚と聞いたら、お客さんも“あまりものを食べさせられている”と感じるかもしれませんね。

森枝 現在、飲食店以外の活動として、五島列島の企業と協力して、ブダイなどの流通に乗らない魚を使った加工品のレシピ監修もしています。対馬や五島は水産資源が豊富なので、「こんな魚まで使わないの?」ということが多い。地域によって使われない魚に違いがあることにあらためて驚きました。

佐々木 需要と供給がかみ合っていないんでしょうね。富山では甘鯛、広島ではハモが未利用魚だと聞きました。

五月女 三重でもハモはあまり食べないので、1キロ100円ぐらいの安い価格で売られていますね。

森枝 生産地で食べなくても、京都などの大都市圏に売るという発想はないんですかね。

五月女 仲買さんがそういう意欲を持っている地域ならいいのでしょうけど、私のエリアでは正直そこまで頑張っているようには見えません。

銭本 生産者の目線で言うと、市場で評価されない魚がまったく獲れない日もあれば、大量に獲れる日もある。大量に獲れたときは、取引先の飲食店さんだけでは到底使いきれない量になってしまうんです。こうした魚を一括で扱う未利用魚専門の仲買さんがいればいいのではないかと思います。

森枝 料理人には、未知の食材を調理することを楽しんでもらいたいですね。流通している魚は、すでに適切な調理法がわかっているものばかり。創意工夫もせずに調理の答え合わせをしているだけで、ワクワク感が少ないと個人的に思います。逆に、未利用魚は工夫の余地が多い。どう調理したらいいか、解決するおもしろさを感じてくれる料理人が増えたら、うれしいですね。

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