【座談会】飲食店にはメディアとして漁業の未来を守る力がある
佐々木 水産業の問題については、メディアにも課題はあると感じています。私もこれまでライターとして活動してきて、農業の現場を取材する機会はありましたが、漁業は縁遠く、恥ずかしながら5年ほど前まで現状をまったく知りませんでした。
銭本 専門的に水産業を取材している方は少ないのですか?
佐々木 少なくとも、私の周りの雑誌中心のライターや編集者には、水産業について詳しい方はいません。新聞社だと3年くらいで部署を異動するケースも多いので、水産業を専門的に勉強しても、ある程度理解したタイミングで別の部署に移ってしまう。その繰り返しなので、どうしても知識を持った記者が少なく、農林水産省が出すリリース資料をそのまま書き写したような記事が増えてしまうのだと思います。
松井 それでは、なかなか生産現場の状況は伝わらないですね。
佐々木 この現状を変えたいと思い、資源管理への問題意識を持つシェフたちとイベントなど様々な活動を行う「Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)」(下記参照)というグループを立ち上げました。シェフが前面に出ることでフード系のメディアが取り上げてくれますし、2017年の発足以来、地道な活動を続けてきたことで、新聞なども徐々に取材をしてくれるようになっています。
森枝 私も立ち上げから「Chefs for the Blue」に関わって、メンバーの一人として、サステナブルシーフードについての勉強会などに参加しています。最近はメディアで取り上げられる機会が多くなったこともあり、関心の高まりを肌で感じています。先日開催した勉強会には、定員50名のところに70名の応募がありました。客単価3000円くらいの飲食店の方や、店で2~3番手くらいの料理人など、最終的に100名近くが参加してくれました。飲食店の営業後に行うため、夜12時開始でしたが、誰一人眠らずに熱心に話を聞いてくれていましたね。
松井 問題意識を持つ料理人の方が徐々に増えてきているんですね。
佐々木 海外では、こういった海や魚の問題に危機感を持っているトップシェフも多く、発言や行動の影響力も非常に強いです。フランスの著名なシェフ、オリビエ・ローランジェさんは、「ルレ・エ・シャトー」(1954年にフランスで発足された、一流のホテルやレストランで構成される世界的な非営利会員組織)の副会長就任時、絶滅が危ぶまれていた大西洋クロマグロを店で使わないことを加盟店に呼びかけ、多くが続きました。そのすぐ後に、国際機関が大西洋クロマグロを絶滅危惧種に指定し、社会的なムーブメントが起こったことで、トップシェフの発言や行動が強い影響力を持っていることが知れ渡ったんです。日本でも料理人の方々が声を上げる場を作りたいと考えたのが、「Chefs for the Blue」創設のきっかけです。
■Chefs for the Blue
日本の海と魚介を守るために活動する料理人らによる活動団体(https://ja-jp.facebook.com/ChefsfortheBlue/)。佐々木氏が発起人となり、2017年に発足。「UB1 TABLE」(東京・渋谷)の森枝幹シェフのほか、「カンテサンス」(東京・北品川)の岸田周三シェフ、「シンシア」(東京・千駄ヶ谷)の石井真介シェフなど、約30名の料理人が所属している。2018年には、アメリカのSeaWeb(海洋保全団体)主催の国際コンペティションで、活動に関する実績が評価され優勝。飲食店向けにサステナブルシーフードについての勉強会を行うなど、日本の水産業を守るための活動を行っている。
五月女 日本の料理人たちにも積極的に発信してもらおうということですね。
佐々木 メンバーになっている約30名のシェフが、少しずつ前に踏み出せばメディアの取り上げ方も含めて変わってくるのではないかと思っています。海外にある団体に比べればまだまだこれからですが、料理人は生産者とも消費者とも手をつなぐことができる存在なので、水産業の復活に寄与できることは多いと思っています。
森枝 メディアには、活動を取材してもらい、まずは正しく現状を理解してほしい。そして、その情報を消費者にも伝えてもらいたいと思います。
松井 私も水産業に関して、テレビなどの取材を受ける機会は多いです。ただ、番組によってスタンスはかなり違うと感じています。例えば、国際会議でマグロの漁獲規制が強化されるという話が出ると、私のところにワイドショーが取材にくるのですが、目的はマイナスのコメントを取るためなんです。しかし、漁獲を規制するのはむしろいいことで、価格が上がるのも当然のこと。漁獲規制をしなければ将来的にマグロが食べられなくなってしまうので、研究者としてはそれを悪いことだとは絶対に言いたくない。でも、そう伝えると、次から取材に来なくなる。一方、報道番組の取材ではこちらの真意を理解して視聴者に伝えてくれます。漁業の現状に対する理解度は、番組や媒体によって差があると感じています。
銭本 海外では、メディアによる水産業の取り上げ方は違うのでしょうか?
佐々木 アメリカを例に挙げると、ニューヨークタイムズなど新聞は、記者や環境系のジャーナリストが事実だけでなく、その人の解釈や背景などをストーリーにして伝えます。日本の新聞はどちらかというと事実に重きを置いたリポート形式の記事が多い。その背景には、先ほど触れたように、水産業については専門性を持った記者が少なく、深く掘り下げた記事を書ける媒体が少ないという問題もありますね。
松井 五月女さんの会社の取り組みを取り上げる場合も、その背景にある漁村の疲弊をきちんと伝えずに、「東京の居酒屋が三重で漁業をして産地直送を実現!」みたいな切り口になってしまうのは残念ですよね。
浅尾 伝え方が極端だと感じることも多い。松井さんがおっしゃるように、「東京の居酒屋が産地直送で」という伝え方をする媒体があれば、別の媒体では「高齢化が進んだ限界集落で・・・」と、ものすごく暗い側面だけを取りあげたりする。ポジティブな面もネガティブな面も、脚色せずに、ありのままを伝えてほしいと思います。
佐々木 時間はかかるかもしれませんが、私たちが情報を発信し続けることで、水産業などの現状を正しく理解して、消費者に伝えるメディアも増えていくと思います。
銭本 メディアを通すと自分の思いとは違ったニュアンスで伝わることはあります。だから、私はメディアでの発信とは別に、SNSを使って、自分が発信したい情報に直に触れてもらえる場を増やすようにしています。
五月女 直接消費者に伝えられる、という意味では、飲食店もメディアになりうると思うんです。居酒屋であれば、お客様はだいたい2時間くらいは滞在するので、とてもいい情報伝達の場。飲食店が海の現状を知って、日々の営業を通して少しでも伝えていく。そういう店が増えれば、多くの消費者の認識も変わり、未来を変えるきっかけになると思います。
浅尾 生産者と飲食店がいつまでも遠いまま歩み寄らなければ、理解も進まない。協力できることは多いので、ともに盛り上がっていくことができるはずだと思います。
佐々木 今回の座談会も、きっかけの一つですよね。記事を読んで、飲食店の方が日本の海や魚の現状を知る機会になればと思います。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。