※スマイラー114号(2025年8月)より転載
港町の名産に誇りをかけて飲食の舞台裏を支える4代目“だし屋”の矜持
0.01ミリ単位で、繊細に削り出す
創業からまもなく120周年を迎える西尾商店は、だしの原料を取り扱う専門店。そば屋などの飲食店や食品メーカーへの卸売り(BtoB)から、一般家庭向けの小売商材(BtoC)まで幅広く展開し、従業員数10名で躍進を続ける、地場の元気な老舗企業だ。プロの目利きで仕入れた原料に、磨き上げた製造技術で付加価値を高め、良質なだしを求めるお客様の元までお届けする。
例えば、主力商品であるかつお節。「鹿児島、枕崎、山川、土佐、そして地元静岡の焼津、御前崎と、全国指折りの名産地から節を仕入れます。それを低温冷凍庫で貯蔵し、ものによっては最長2年の熟成。徹底した品質管理を心がけています」と話すのは西尾商店4代目の西尾 透雄さん。
仕入れは旬の中でもさらに、加工に適したわずかなタイミングを見極めその時季にまとめて買い付けることで、通年に渡っての安定供給を実現させている。既にプロフェッショナルな仕事振りだが、透雄さんに言わせればここまでは「当たり前」の領域。西尾商店が提供するバリューの肝は、加工の段階、仕上げの“削りの技”にあるという。
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同店では熟成貯蔵した原料を「遠赤外線焼節製法」いう独自の手法で、節そのものが持つうま味と香りを凝縮させたのちに加工に移る。厚削り、中厚削り、薄削りと、魚の種類や注文ごとに刃の厚みを0.01ミリ単位で調整し、丁寧に、繊細に削り出していく。この工程を担うのは、歴史を感じさせるレトロな製造機。「この機械、創業からずっと使い続けているんですよ」と言うから驚かされる。
かつて明治時代に広島県で製造された削り機が蒲原に運ばれ、それをきっかけに静岡県の削り節産業が花開いたそうだ。その最初の一台が、メンテナンスを施されながら今もここで動いている光景に感慨を覚える。同店の花けずり「職人の魂 手火山 花かつお」は、江戸時代から続く昔ながらの焙乾法で造られた自慢の逸品だ。
同店には、もう一つの看板商品がある。「元祖蒲原いわし削り」は、2018年農林水産祭(水産部門)で最高賞の「天皇杯」を受賞した名品。主に長崎産の良質なイワシを丁寧に下処理したのち、0.03ミリの極薄削りにしていくと、生臭さや苦味はまったくなく、濃厚なうま味とふんわり雪のような口溶けの上品な削り節が生まれる。
こうした名物商品の製造小売販売をA面とするならば、飲食店向けに業務用のソリューションを提供するのがだし屋のB面。確かな技術力と営業力が、飲食店顧客のニーズを満たす鍵となる。
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ここまでやってあげるのがだし屋
「どんなだしが取りたいのか、お客様の欲しい厚みで削りますよ」。西尾商店の取引先は、そば屋、ラーメン店などを中心に合わせて500軒以上。店舗ごとに出したい味の個性は異なり、その個別のニーズに向き合うのも専門店の大事な役目だ。単品での納品だけでなく、店ごとに特別に調合する「オリジナルブレンドだし」の開発・提供も受ける。
例えば、そばだしに使う「厚削り」は煮出す時間が長くかかり、他の種類のだしとの抽出時間に差が出てしまう、との悩みがある。となれば同店は、短時間で味が出やすいよう粗く破砕した厚削りを、他の原料とブレンドしてオリジナルのパッケージに仕立てて納品するそうだ。
すると店舗では計量や管理の手間が省け、味のクオリティ向上はもちろんのこと、仕込み業務の効率化にもつながり店舗運営の助けとなる。決して少なくない取引先ごとの個別対応には当然、多くの手間と時間を要するが、小回りを効かせてここまでやってあげるのが“だし屋の矜持”と、透雄さんは柔らかい表情で語る。
「だしの先生」は、飲食店のパートナー
売るだけ、卸すだけでは飽き足らない。透雄さんは2017年から「だしの学校」というワークショップ企画を立ち上げ、これまでに通算100回以上を開催してきた。だし取りの基本を学べるこの講座は、なんと延べ参加者数1,600人超。子ども向けの食育クラスからプロ料理人向けの講習まで、対象に合わせてレベルをいかようにも設定して開催する。
飲食店向けコースは、業務でのだしのお悩みを解決するべく、1on1でのコーチングも可能。「もっと力強いだしを引きたいんだけど、どこを変えたら良いのか……」「何分煮出したら味が出切るのかわからなくて…」そんな作り手の課題感をヒヤリングで引き出し、ワークショップの時間を通じてその解決策を探る。
実際に、最大120分まで抽出時間を10分刻みで変えただしを官能評価し、このラインですね、という受講者の納得感にたどり着いた事例も。だし屋だからと言ってすべての正解を持っているわけでなく、作りたい味、求めるニーズはあくまでお客様の中にある。そこに辿り着くヒントを教えてくれるのは、その道のプロである並走者の存在だ。飲食店オーナーや料理人にとって、良き取引先というパートナーに出会えるかどうかは、店の行く先を左右する重要な要素であるのかもしれない。
お客様のニーズに真摯(しんし)に寄り添うことは、結果として、既存顧客の心をつかんで離さない唯一無二の武器となる。“ふつう以上”を常に提供するからこそ、顧客は自然と離れず、口コミで新たなご縁も舞い込んでくる。これ以上なくまっとうな、西尾商店の商売哲学に敬服させられる。
余談になるが、透雄さんは西尾家の婿養子。小中学校と地元でともに過ごした同級生、順子さんとの結婚を機に、24歳で同店に入社した。そこから日々の食生活もがらりと変わり、天然だしがもたらす味わいや健康効果を身を持って知ることとなった。よそものだったからこそ見える世界もある。生徒と同じ目線に立ってともに考えてくれる「だしの先生」がみんなに慕われる理由は、きっとそんな背景もあるのだろう。
柔らかく構え、ゆるやかに繋ぐ
組合や老舗店の“のれん会”など、静岡では事業者同士の横のつながりが今も色濃く、透雄さんはそうした交流の場に積極的に顔を出す。自社の情報発信もぬかりなく、「だし屋のつぶやき」というブログはなんと、20年前から毎朝欠かさず更新を続けている。
数年前のある時、知り合いからの「ちょっと繋ぐよ」との声がけから、海外の展示会出展のチャンスを得た。現地スーパーでの小売販売などの可能性を探った末、同店は海外の地で日本料理を出す「日系料理店」にターゲットを絞り、アプローチをかける方針を定めた。
ここ数年はブリュッセル、ミラノ、オーストラリア、香港などへ精力的に出かけ、本物のだし文化を世界に広めるべく忙しく飛び回っている。
ご縁がつながり、今では国外に3件の取引先が生まれた。その中には「西尾さんのブログを読んで連絡しました」という驚きのきっかけも。人口の減りゆく時代、事業者同士のつながりは、ともに存続していくための寄り合いとして、情報や縁をシェアしながら今後もゆるやかに機能していくのだろう。
自然環境の変化も加速し、これまでの当たり前が崩れ始めた昨今。昆布の名産地である北海道でも、近年は不作が続くという。この現況に、西尾商店はどう向き合っていくか?そう問うと、透雄さんは「柔軟性を持ち続けることが大切」と穏やかに話す。
高品質の原料を、高くても値切らず仕入れて適価で提供する、というスタイルは変えない。需給が安定している高価格帯は、競争による影響を受けづらいため、先代から続く実直な取引が今、結果として会社を守ってくれている。
便利な暮らしの中でつい忘れかけてしまうけれど、私たちは本来、コントロールできない自然の恩恵に生かされている。だからこそ、向き合う姿勢は常に柔軟に。食材の安定供給の裏側には、その間で弛(たゆ)まぬ調整を続ける人の存在があることを心に留めたい。
120年続く老舗を受け継ぐ、次世代のことも考える。娘さんとはそんな未来の話も少ししながら、しかし必ずやという圧はなく、あくまで「この仕事を面白くして、いつでも渡せるようにしておきたい」という軽やかなスタンスだ。
透雄さん曰(いわ)く「地味な業界」ではあるけれど、縁の下の力持ちとして食の未来に欠かすことのできない仕事。どうにか守っていかなくちゃ、という硬さより、必要であると疑いようなく信じるからこそ、枠組みに捉われない柔らかさをもって、楽しんで続けていける。4代目のバトンを担う西尾さんご夫妻の姿は、筆者の目にそんな風に映る。飲食業の華々しいステージの裏側は、“上質なだしのようにクリアに透き通る老舗店の誇り”が守ってくれていた。
静岡県静岡市清水区蒲原4-15-37
https://dashiya-nishio.com/
だしの学校 https://schoolofdashi.net/
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