2018/08/28 特集

外食企業がカギを握る! 6次産業化への道(3ページ目)

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【CASE 2】株式会社ビースマイルプロジェクト
代表に聞く!
畜産の6次産業化への道のりと、飲食業が果たす重要な役割

鹿児島県で食肉加工・卸業を営む株式会社カミチクを主体に、6次産業化を支援する農林ファンドなどが共同出資して2015年に設立。東京を中心に、焼肉店「薩摩 牛の蔵」など7ブランド24店舗を展開。カミチクグループ全体で、牛の繁殖・肥育から加工・販売まで一貫して行っており、同社は6次産業化事業の外食部門を担当。
代表取締役
上村昌志 氏鹿児島県の畜産農家に生まれる。1985年、牛肉の卸売を行う有限会社上畜(現・株式会社カミチク)を創業。その後、牛の生産や食肉加工、外食事業にも参入し、2015年、南九州の生産者の再生と強化を目指して、株式会社ビースマイルプロジェクトを設立した。

畜産農家の父から託された夢を胸に、食肉卸で独立

鹿児島を拠点に、食肉の加工・卸で基盤を築いてきたカミチクグループ。そのグループ企業として2015年に創業した株式会社ビースマイルプロジェクトは、グループ内で牛の繁殖・肥育、食肉の加工・販売までを一貫して行う6次産業化事業の外食部門を担当。自社のブランド牛を提供する焼肉店「薩摩 牛の蔵」などを経営するほか、海外輸出用の食肉加工や、牛の飼料開発なども行っている。そもそも、カミチクグループが6次産業化に乗り出したのはなぜか。その背景には、同社の代表取締役社長でグループ全体の代表でもある上村昌志氏が、父親から託された夢があった。

上村氏は、鹿児島で牛の肥育を行う畜産農家に3人兄弟の次男として生まれ、子どもの頃から牛の世話を手伝っていた。「父は毎晩のように畜産業の意義や魅力を私たちに教えてくれました。しかし同時に、『作ったものに自分で値段を付けられないことが弱みで、規模の拡大も難しく、儲けが出にくい。おまえたちの代で、この状況を変えてほしい』と言っていました」と上村氏は語る。当時、父親が語った将来の構想は、長男が牛を肥育し、次男がその牛を卸し、三男と力を合わせて飲食店や販売店を経営すれば、もっと利益を出せるようになるというものだった。

その言葉を守り、上村氏は1985年、26歳のときに牛肉の卸を手がける有限会社上畜(現・株式会社カミチク)を設立。実家を継いだ兄が育てた牛などの卸を行い、数年で事業は軌道に乗るが、大手畜産会社との差別化に苦しむなど、限界も感じ始めた。そこで、1992年、兄の農場などから牛を仕入れるだけでなく、自社でも牛の繁殖や肥育といった生産事業に参入。1996年には、鹿児島にあった食肉加工センターの一部を借りて、枝肉や部分肉への切り分けなどを行う加工場も作った。一方、オリジナルブランド牛の開発にも着手。4等級以上の鹿児島産黒毛和牛「薩摩牛」や、その薩摩牛のなかでも、A5等級で霜降りの量や質の度合いが一定基準以上の「薩摩牛 4%の奇跡」などを開発して、自社の牛肉のブランド力を高めていった

鹿児島県と熊本県にある、それぞれ200ヘクタール以上の自然放牧型の牧場と、約60カ所の農場に計1万8,000頭の牛を所有している
鹿児島の食肉加工センターの一部を間借りして自社の加工場として利用。と畜から枝肉や部分肉への切り分け、パック詰めなどを行う

飲食事業へ参入する一方、地方の畜産業の課題も痛感

その後、2006年には、外食事業にも参入。「当時は6次産業化を意識していたわけではなく、『飲食店をやってみたい』という社員の声がきっかけで始めました。自社で育て、加工した良質な肉を、直営の飲食店で適正な価格で提供すれば、売りになると考えたんです」(上村氏)。飲食店の経営は初めてだったため、専務を務める弟と飲食事業を希望する数名の社員を、東京の焼肉店に派遣して調理研修を実施。また、「餅は餅屋」(上村氏)と考え、飲食系のコンサルティング会社に店舗運営や接客ノウハウなどのサポートも依頼した。こうして、東京・南青山に「薩摩牛 4%の奇跡」を売りにした焼肉店「薩摩 牛の蔵」をオープン。1~3次の事業をグループ内で持つに至った。さらに、2011年に熊本県、2012年に鹿児島県から、それぞれの自治体が持つ牧場を事業継承して、自然放牧型による牛の繁殖も開始。経営に苦しむ南九州の畜産農家から牛や牛舎を買い取って、元の経営者に生産を委託する預託農家にするなどして、約60カ所の農場で計1万8000頭の牛を育てる体制を構築した。

こうして、南九州の畜産業を牽引する企業に成長するなかで、上村氏は自社の預託農家らが抱える後継者不足などの問題を痛感。「地方は1次が基幹産業。もし、これが衰退すれば、地域全体が弱くなる」と考えた。問題解決のために上村氏は、長年の経験から導き出した“畜産業が儲かるための5本柱”を基に自社に足りない部分を分析した。「5本柱とは、①よい素牛(もとうし)(肥育牛や繁殖牛として飼養される前の、生後6~12カ月の子牛)の仕入れ、②よい飼料の確保、③きちんとした肥育の管理、④販売力、⑤資金繰り、です。①~③ができれば、よい牛を育てられ、④と⑤で、経営が安定します」(上村氏)。当時のカミチクグループは、繁殖から加工までを手がけ、2008年ごろから飼料も開発していたため、預託農家に対して①~③は担保できていた。「あとは、資金繰りへの不安をなくし、安定的な経営を実現するための販売力が必要でした」と上村氏。そこで、さらに安定かつ適正な価格で販売するために、直営の飲食店を増やして生産物の“出口”を確保しようと考えた。

外食事業を強化することで、本格的な6次産業化へ

こうして、本格的に外食事業を強化すべく、2015年に設立されたのが、先述した株式会社ビースマイルプロジェクトだ。「薩摩 牛の蔵」の出店を拡大するほか、黒毛和牛のホルモンを中心に提供する「薩摩 丹田」や、同社の加工場で扱っている南九州産豚肉「甘熟豚 南国スイート」を使ったとんかつ専門店、自社牧場で採れた牛乳を活かしたカフェなど、自社の食材を使った飲食店の展開を進めている。「飲食業のよいところは、お客様の生の声を直接聞けること。それを生産現場と共有すれば、ニーズに合った牛肉を作ることも可能です」と、外食事業をからめた6次産業化のメリットを語る上村氏。実際に、来店客の感想や反応は、店舗ごとにまとめて生産者にフィードバック。高い評価が付けば生産者の励みになり、意見を飼料や肥育方法の改良に役立てることもある。また、「薩摩 牛の蔵」では、店内に掲示してあるパネルやメニューブックで生産者の情報を紹介。接客時には、6次産業化によって良質な和牛が安く提供できることも伝えている。「生産から販売まで一貫体制なので、流通の過程で余計なマージンが発生しません。同レベルの牛肉に比べて、価格を2~3割は抑えられているはず」と、上村氏は胸を張る。競合の多い東京でも「おいしい和牛が安い」と、高い評価を得ており、自信を深めている。

そして、食の安心・安全という面からも6次産業化のメリットは計り知れない。「当社は“生産者が作った外食企業”であることが最大の強み。飼料作りも含めて自社で行うのでトレーサビリティは完璧です」(上村氏)。課題の販売力が強化されたことで、預託農家の収入もさらに安定。今後も南九州で経営に苦しむ畜産家を預託農家として受け入れたいと考えている。「生産者の収入が増えれば、後継者になりたいという若い人も増えるかもしれません」(上村氏)と期待している。

現在、計7ブランド24店舗を東京・大阪・鹿児島で運営しており、2023年までに大都市圏を中心に国内で100店舗を目指している。また、海外進出にも意欲的で、今年4月には香港に「鹿児島焼肉 ビーファーズ」を出店。さらに、ベトナムに現地法人も設立した。「ベトナムに法人を作った理由の一つは、日本で構築した6次産業化のモデルをそのまま現地に持っていくためです。将来的には、ベトナムでもリーズナブルに和牛を楽しめる時代が来るはず」と上村氏。もう一つの理由は、現地採用のスタッフに日本で働いてもらうためだ。「飲食業界の人不足は深刻です。ベトナムから優秀な人材を日本へ連れてきて、飲食店のノウハウを学んでもらい、いつか母国に戻って店長や幹部クラスとして活躍してもらいたいですね」(上村氏)。食肉の卸から出発し、1次産業への参入や外食事業の強化によって6次産業化を実現させた上村氏。その目は鹿児島から世界へと向けられている。

「薩摩 牛の蔵 渋谷店」の入口には、同社が「蔵元」と呼ぶ生産者の情報が記されたボードが並ぶ。その日、提供される牛肉の生産者は金の額縁をつけてアピール
店のメニューブックでは、その日提供する牛肉の生産者の経歴やこだわり、肥育環境などを紹介。常連客のなかには、特定の生産者が作る牛肉のファンになる人もいる

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