2018/08/28 特集

外食企業がカギを握る! 6次産業化への道(5ページ目)

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識者インタビュー
外食企業が知っておきたい6次産業化の“いま”

株式会社ゲイトやカミチクグループのように、様々な企業が6次産業化に挑むなかで、撤退を余儀なくされるケースも少なくない。そもそも、6次産業化はどんな背景から生まれたのか、成功や失敗の要因はどこにあり、外食企業はどう関わったらよいのか。専門家に話をうかがった。

2004年、東京大学農学部卒業。2010年、同大学大学院農学生命科学研究科修了。近畿大学グローバルCEO博士研究員などを経て、2012年より現職。専門は農業経済学、水産経済学、漁業管理論、フードシステム論。過疎化が進む漁村の活性化や観光客誘致などの支援事業にも従事。

価格の低下、後継者不足など、多くの問題を抱える1次産業

――そもそも、6次産業化とは何を目的に生まれたのでしょうか?

6次産業化という言葉が浸透し始めたのは2000年頃から。東京大学の今村奈良臣(ならおみ)名誉教授が提唱したもので、農業、漁業、畜産業などに従事する1次産業の事業者が、生産品の加工や飲食店での販売などを行い、消費者に提供するところまでを自ら手がける取り組みを指します。2次・3次産業に利益が流れすぎる構造を変え、生産者の所得を向上させるのが目的。近年では、同じ目的の下、3次産業から逆流するかたちで6次産業化を進める企業も現れています。この6次産業化の考え方が生まれた背景には、1次産業が抱える深刻な状況が関係しています。

――具体的に、1次産業の現状について教えてください。

農業にしろ漁業にしろ、どの業界も特に小規模の事業者は厳しい経営状況が続いています。その原因は様々ですが、農業と漁業を比較すると、両者が抱える問題には本質的な違いがあり、それぞれを分けて考える必要があります。農業の場合、日本の国土が狭いため土地の制約を受けやすく、技術革新が進んで事業規模を拡大しようとしても、大規模かつ、優良な農地は確保しづらいという問題があります。一方、漁業の場合、日本は世界屈指のEEZ(排他的経済水域)を有しており、大きなポテンシャルを秘めています。本来なら、世界と対等に渡り合える競争力が持てるにもかかわらず、それができていない点が問題なのです。

――日本の漁業が高い競争力を発揮できないのはなぜでしょうか?

矛盾するようですが、技術革新が進んだことが大きな要因で、農業の場合は技術革新で農作業が効率化すれば、大規模化によって収量を増大できます。ところが、漁業で飛躍的に技術革新が進むと、親魚を獲りすぎてしまい、魚が再生産されない。この悪循環を止める対策が不十分だったため、全国的に漁獲量が減少しているんです。

――農業や漁業に共通する課題は、何かありますか?

深刻化する人手不足の問題です。ただ、すべての農家や漁師に後継者がいないわけではなく、利益が出ている事業者には後継者がいます。つまり、根本的に儲かっていないケースが多いことが問題なのです。産業構造が変化し、1次に比べて3次の企業が大規模になり、両者の就業者数の差も拡大するなかで(下の図を参照)、生産者の力が相対的に弱まり、2次・3次の企業が価格決定権を握る構図になっています。そして、結果的に生産物の価格が下がり、農業・漁業が儲からなくなっている。これは全国で見られる共通の課題です。加えて、米の需要減少や農産物の輸入自由化など、価格下落の要因が増え、後継者不足も顕在化してきた。こうした状況を打開するために提唱されたのが「6次産業化」なのです。10年ほど前からは、政府も1次事業者の6次産業化を積極的に後押しし、農家が飲食店や直売所を開設する際の建築費用を補助するなど、支援をしています。

上の図は、1920年~2015年までの第1次~第3次産業における就業者数の割合の推移。1920年に約55%を占めていた第1次産業が徐々に減少して2015年には約4%に。逆に第3次産業が増加(2015年は約71%)しており、格差は年々広がっている

生産する作物や立地により、6次産業化に不向きな場合も

――では、6次産業化の成功例には、どんなものがありますか?

三重県内にも成功事例はありますが、規模が大きい生産者がほとんどです。家族など少人数ですべてを担う個人経営とは違い、企業としての強固な経営基盤があり、部門ごとに分業されているのが成功の要因です。特に畜産業には大規模な事業体による6次産業化の成功例も多いです。もともと食肉は加工が前提ですし、牛乳もチーズやヨーグルトなど加工品の種類も多く、2次や3次への展開もしやすい。だから、全国各地で、多くの畜産農家が6次産業化に取り組んでいるわけです。家族経営の農家などの場合は、規模の拡大を急がず、少量生産の加工品を道の駅で販売するなど、無理のない範囲で始めるケースが多いですね。

一方で、漁業は農業とは事情が異なります。漁業は養殖でなければどんな魚が獲れるかわからず、仕分け作業が必要なので、基本的に漁協を通します。そのため、厳密な6次産業化という意味では、漁師が直接消費者への販売に携わることはほぼありません。ただ、地方には、カキの養殖業者が自分たちでカキ料理を提供する飲食店もあります。養殖のカキであれば、安定した漁獲量が期待できますし、カキ自体が単体でお客さんを呼ぶことができる食材だから可能なスタイルだといえます。

――逆に、うまくいかないケースも少なくないと聞きます。

確かに、失敗例も多いです。そもそも、生産者が所得を向上させる方法は、6次産業化だけではありません。シンプルに1次の事業規模を拡大できればよいのですから。しかし実際は、耕作放棄地があっても点々としているので、農地を増やしても作業の効率化がうまく図れないことが多い。また、漁業も漁業権などの制約があり、大規模化するのは難しい。苦肉の策として6次産業化に取り組む、という側面もあるわけです。本来、1次~3次の専門業者がそれぞれの得意分野を分業して行う方が効率はよいし、生産者のなかには、接客や販売が苦手な人も少なくありません。また、飲食店を始めるにしても、人の多い観光地などであればある程度の集客は見込めますが、そうでなければ十分な利益を上げるのはなかなか難しい。さらに、生産する作物が加工に向いていない可能性もあります。周辺エリアの特徴を分析したり、自社で作っている生産物に合った商品開発をすることは簡単なことではなく、仮に開発したとしても消費者のニーズに合うかという問題もあり、6次産業化が徒労に終わる例は多いです。

生産地の危機は外食の危機。まず現状を知ることが大切

――そんななか、1次産業に参入する飲食企業も現れるようになりました。

それらすべてを6次産業化と定義することには違和感があります。原材料の安定供給や品質管理を狙った参入は、本来の6次産業化の趣旨とは異なります。6次産業化の基準とは、1次産業に視点を置いた取り組みであること。生産現場の未来を見据え、支えていこうという視点で取り組んでいるかどうかが重要です。飲食企業が6次産業化に参入する場合、"相互理解"が足りないため、うまくいかないケースがあります。自社の都合だけでなく、お互いの永続的なビジネスのために生産地の現状を知り、一緒に成長する意識があれば、よい関係を築けるでしょう。「調理」「販売」という2次と3次の機能を持つ飲食企業は、生産地にとって心強い存在になるはずです。

――飲食店にとっては、どんなメリットがあるのでしょうか?

1次産業が衰退すれば、飲食店も困るわけで、こうした危機意識を醸成するという点では大きな意義があります。また、ビジネスの側面から見た場合にも、仕入れの中間コスト削減のほか、社員教育にも大きな利点があるはずです。農業・漁業とは何なのかを実体験から学ぶことで1次産業を深く理解し、それを接客などに活かせるからです。こうした要素を勘案すれば、飲食店が1次産業に取り組むメリットが出てくると思います。

――6次産業化を目指すとしたら、どんな流れで取り組むべきでしょうか?

個人店のレベルで本格的に1次産業に参入するのはハードルが高いです。経営規盤が安定していて、かつ、生産者の声に耳を傾けながら臨機応変に対応できる中規模以上の飲食企業が適しているでしょう。

もし農業を始めるなら、まず第1歩として、飲食店の敷地内に設けたプランターでハーブを栽培して料理に使うなど、自分たちで作るのも手です。手間がかからない作物を選んで栽培を始め、次に店の裏で家庭菜園を始める。その後、郊外の市民農園を借りるなどステップアップし、耕作放棄地を借りて農地を維持するという話にまで発展すれば、それは立派な1次産業の支援です。

最近は、政府が外国人観光客向けに農家民泊を推進しています。農村や漁村に泊まり、体験型の観光を楽しんでもらうのが狙いです。また、東京の企業などが、研修の一環として農業・漁業体験に取り組むケースも増えています。こうした観光事業などを含めた広い意味での6次産業化に参画するのも一案でしょう。いずれにせよ、1次産業や消費者と直接つながりが深い飲食企業は、6次産業化において重要な役割を果たしていけるはずです。

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