バッドロケーション戦略から“地方創再生”へ バルニバービグループ代表取締役会長CEO兼CCO佐藤裕久氏

創業以来、バッドロケーション戦略で人気店を生み出してきたバルニバービグループ。会長の佐藤裕久氏に、飲食人として転機となったエピソードや現在進める地方創再生プロジェクトの展望などを聞いた。

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自分のやりたいことで人を幸せにできることを喜べる人生でありたい

1995年、大阪・南船場の1号店「アマーク・ド・パラディ」を皮切りに、人通りの少ないエリアを活性化させる“バッドロケーション戦略”で人気店を生み続けてきた株式会社バルニバービ。今、同社が進めているのが、バッドロケーション戦略をさらに長期的な視野でとらえて進化させた「地方創再生プロジェクト」だ。

グループの代表取締役会長CEO兼CCOを務める佐藤裕久氏は、幼少期から飲食業に親しむ家庭環境で、学生時代にはカフェバーもプロデュース。第二の故郷ともいえる神戸が震災に遭い、そこで炊き出しを行った経験がきっかけで本格的に飲食業に参入した。「自分が行きたい店を作る」「違和感のある仕事はしない」という明確な信念を持つ彼に、地方創再生プロジェクトが目指す未来などを聞いた。

目次
祖母の影響で幼少期から料理が得意に
阪神淡路大震災の炊き出しが飲食業への転機に
大事なのは「自分が行きたい店」を作ること
地方創再生プロジェクトが求めるのは、ともに歩む経営者
コロナ禍が終わってもハッピーとは考えない
「リーダー×一問一答」&「COMPANY DATA」

――飲食業とのつながりは、幼少期からあったそうですね。

ぼくの曽祖父が、京都大学(当時は、旧制第三高等学校)の近くでとてもハイカラな店「グリルオアシス」を経営していたんです。そこで祖母が料理人を務めていて、店をたたんだ後、家でもよく料理を作ってくれました。家庭料理といえば野菜の炊き合わせやおひたしだった時代、うちの食卓に並んだのは「ポークチャップ」「スコッチエッグ」といったメニュー。その影響で、ぼくも小学生のときからハンバーグを焼いたり、中華鍋を振ってチャーハンを作ったりしていました。

その後も飲食への思いは根っこにあって、大学時代にはイベントやパーティーなどとともにカフェバーのプロデュースもしました。今でいうスマートカジュアルな服を着て、おしゃれな前菜をつまみながらお酒を飲むスタイル。当時はファッションと飲食の融合における黎明期で、料理はもちろん、インテリアやアート、ウエア、音楽など全てをコーディネートしました。だから、今でも飲食業はあらゆる要素が詰まった総合芸術だと思っています。

1961年、京都生まれ。大学時代、学生企業を立ち上げイベントなどのプロデュースを手がけたのち、アパレル企業に入社し独立。1991年に有限会社バルニバービ総合研究所を設立し、1995年12月、1号店「アマーク・ド・パラディ」を大阪・南船場に出店。2023年9月時点で90店舗以上を出店するとともに、兵庫県淡路市、島根県出雲市などに複合施設を開業し、「地方創再生プロジェクト」を展開。

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――起業後、飲食業を始めるきっかけの一つが阪神淡路大震災だったとか。

それまで手掛けたアパレル事業の個人負債を完済する見通しがたったのが33歳のとき。人生を再始動しよう、何をやろうか、海外もいいなあとワクワクしていたときに、阪神淡路大震災が発生したんです。

ぼくはたまたま大阪にいて被災を免れましたが、19歳から住んでいた神戸の惨状や知人の死に直面して、「命って何だろう」「人生って何なんだろう」と考えずにはおられなかった。おそらく多くの人が、命を、人生を見つめ直したに違いありません。

第二の故郷の窮状に何か役に立ちたいと考えて炊き出しを始めたのですが、そのとき強く感じたのが「食は生きる力になる」「人を笑顔にできる」ということでした。飲食への思いは根っこにありましたし、次に何をやるかを考えていた節目のタイミングでこの体験をしたことが、ぼくの背中を飲食業へと押してくれたような気がします。

ただ、飲食を始めたのは炊き出しでの経験だけが理由ではありません。人生ってそんなに単純ではない。得体の知れない何ものかに導かれ、子どもの頃から自分の中で少しずつ醸造され、熟成されたものが表象した――。そんなところだと思います。

――その後は、1号店を皮切りに「バッドロケーション戦略」で人気店を生み、街の景色を変えてきました。

1号店の「アマーク・ド・パラディ」(大阪・南船場)を出店したのは、震災があった1995年の12月。念頭にあったのは、ファッションの仕事でたびたび訪れていたパリのカフェです。朝からワインを飲む人もいれば、夜、スイーツだけを食べにくる人もいる。若いカップルから熟年の夫婦まで思い思いに時間を楽しむパリのカフェが大好きでした。こんな店があったら自分は絶対に通うなあ、と。

ただ、いざ物件を探そうとなったときに、資金も信用もない僕は家賃や保証金が高い一等立地には手が出せません。家賃の安いエリア、つまりバッドロケーションといわれる立地にしか出店できなかった。当時は決して「戦略」ではなく、それしか選択肢がなかったんです。

とはいえ、家賃が安ければどこでもいいというわけではありません。1号店の場合、駅の反対側は大繁華街なので、ポテンシャルは高い。だから、今は人通りがなくても「わざわざ行きたい店」が生まれれば、そこに新たなにぎわいが生まれると考えました。実際、「アマーク・ド・パラディ」は最初こそ苦戦しましたが、徐々に客足が増え、近くに2号店を出した頃には連日行列ができて、街は大変な賑わいを見せるようになりました。

大阪・南船場に1995年に出店した1号店「アマーク・ド・パラディ」。人通りが多くない立地ながら、パリのカフェをコンセプトにした店づくりが話題となり、連日行列ができる人気店に

その後の出店も含めて、ぼくが大切にしているのは、「自分が行きたいと思える店を作ること」。ぼくのような普通の人間が行きたいと思う店なら、100人中1人くらいは行きたいと思うはず。一方で、マーケティングにはほとんど興味がありません。マーケティングはトレンドの強いパワーを示してくれますが、一過性の場合も多い。それより何となく行きたいと思う店の方が普遍的な魅力があるので、長い時間軸で見るとしたたかに生き続けられるのではないかと考えています。

逆に、「自分が本当に行きたい店か?」という部分で違和感を抱えたまま仕事をすると、だいたい上手くいきません。あるとき、全国展開の某アミューズメント施設に出店することになったのですが、完成した店が、どうもぼくが行きたい店のイメージとは違っていたんです。

2店舗を出店したのですが、「これはあかん」と思いました。ぼくがやる気を失っているのにスタッフに続けてくれと言うべきではないでしょう。そんなことをしたら、神様に「おまえ、言ってることとやっとることが違うじゃないか!」と叱られます。だから、業績が悪かったわけではないのですが、1年たたずに違約金を支払って撤退しました。

ぼくが「行きたい」と思えて、「仲間が幸せになる」と信じて作った店ならば、歯を食いしばってみんなで頑張れます。ですが、そうではない店を売上のためだけに存続させるのは、ぼくの物語として違う。違和感のある仕事はしてはいけないんだと、改めて実感しました。

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――現在、食を基盤にそこにしかない魅力を創り出す、新しい「地方創再生プロジェクト」を展開しています。

「地方創再生プロジェクト」は、いわば「バッドロケーション戦略」の進化系です。これまで、ぼくたちは世間から“bad”といわれる立地に店を作り、にぎわいを創出してきました。しかし、これによって周辺の家賃相場が上がって、将来的にぼくたちが追い出されるような構図になりかねない。相場を上げたのはぼくたちなのに、その恩恵に預かることができません。

では、どうするか? 「土地を買えばいい」と考えました。不動産を購入すれば店の継続性を担保できますし、店が土地のバリューを上げ、上がった分が含み利益や売却益になります。食というコンテンツでエリアの価値を上げ、不動産を買うことでぼくたちもそこにしっかりと根を下ろし、その地域とともに成長していくプロジェクト。その代表例が、淡路島(兵庫)の「Frogs FARM ATMOSPHERE」や出雲市(島根)の「WINDY FARM ATMOSPHERE」といった、大規模な複合施設です。

淡路島(兵庫)の西海岸に2019年開業した複合施設「Frogs FARM ATMOSPHERE」。地産地消をコンセプトにしたレストランやカフェ、バーのほか、ホテル、アウトドアパーク、中華そば店、地場の水産会社との共同運営による回転寿司店などがある

ぼくは、この取り組みを独占的にやりたいわけではありません。ほかの経営者の方々に「一緒にやりませんか」と言いたい。ジョイントベンチャーというより協同組合、ギルド(同業組合)という感覚です。1社より複数でやったほうが面白い。多様性や奥行き、彩りが増しますから。

実際、淡路島ではうれしい動きがたくさんありました。特に印象的だったのは、ぼくたちの施設の横で、もともと島に住んでいる方がコーヒーショップをオープンしたこと。オーナーの方は、「皆さんが来て街がにぎわってきたので、自分たちも何かできるのではないかと思った」と言うのです。ぼくたちが始めた取り組みに共感し、協働してくれる。本当にうれしくて、「一緒に頑張りましょう!」と握手しました。

土地の方はもちろん、Uターンや新規参入も含めて、ここに地方創再生の可能性の一つを見いだして共感してくれる人、あるいは便乗しようと思う人だっていい。街というのはそうやって生まれ変わっていくと思うんです。

――コロナ禍を経て今思うこと。そして、これからの展望を教えてください。

東日本大震災でもコロナ禍でも、人は勇気を振り絞って生きていきます。人生は理不尽であり、混沌の中にある。それでも人は集い合い、その場には“食”がある。店を訪れてくれる人、集い合う人にどんな時間を過ごしてもらえるか。それをずっと考えてきましたし、コロナ禍を経た今も変わっていません。

ぼくは東京が大好きでもあり、大嫌いでもある。これだけハイパーに情報や社会インフラが集積している都市は世界でも類を見ません。しかし、素晴らしい効率性の一方で、一つのトラブルがそれを崩しかねない危険もはらんでいます。それは、東日本大震災でもコロナ禍でも多くの方が感じたことではないでしょうか。

だから、ぼくはコロナ禍が完全に終息したとしてもハッピーだなんて少しも思いません。国内外を問わずあらゆるリスクが毎年のように襲ってきます。経営者がすべきなのは、できる限りのポートフォリオを組むこと。

現在、淡路島や出雲以外にも、地方都市で進めているプロジェクトはいくつかあります。一極集中をできるだけ避けることが大事であり、地方創再生プロジェクトの候補地も、当然、そのリスクヘッジと関係します。潜在しているさまざまなリスクと地方が持つポテンシャルに対して、ぼくは精一杯、食というコンテンツを通して向き合っていきたい。自分のやりたいことをやって、それが人を幸せにできることを喜べる人生でありたいと思っています。

潜在的な魅力を持つ地方都市はたくさんあります。その魅力を価値に変えること。それを今後も継続したいので、ぜひ多くの経営者の方々に、ともに歩んでほしいと考えています。

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リーダー×一問一答

■経営者として一番大切にしていること
最悪の事態の想定とそれに対する対応のシミュレーション。コロナもそれで乗り切りました。

■愛読の雑誌や書籍、Webサイト
Discover Japan、内田樹の研究室(Web)

■日課、習慣
JOGGING、未来への思索

■今一番興味があること
日本の(潜在・顕在する)リスク対応としての魅力ある地域の在り方

■座右の銘
眠りにつく前に

■尊敬している人
法然上人、親鸞上人

■最近、注目している店舗・業態
最近、三崎に出来た「三崎氷菓」というアイスクリームショップ

■COMPANY DATA
株式会社バルニバービ 東京本部
東京都港区海岸3-9-15 LOOP-X 14F
https://www.balnibarbi.com/
設立:1991年
店舗数:97店舗(2023年8月末時点)
従業員数:社員600人 アルバイト・嘱託339人(2023年7月末時点)(内:グループ社員492人 アルバイト・嘱託332人)

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