2018/01/30 特集

働きたい店になるためにやるべきこと、やれること

飲食業界における「人の問題」は待ったなしの状況。そんななか、経営者は何をしなければいけないのか。人が来る店になるための採用方法、業務改善、人材の育て方、評価制度など、識者の解説とともに紹介する。

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ここ数年続く採用難、低下しない離職率など、飲食業界における「人の問題」は、まさに待ったなしだ。そういった厳しい状況の中で、経営者は何をしなければいけないのか。人が来る店になるための採用方法、業務改善、人材の育て方、評価制度など、識者の解説とともに紹介する。

Chapter 1 今、どんな“人の問題”が起きているのか?精神論では解決しない。人間の欲求に応える成長の“仕組み化”を!

株式会社スリーウェルマネジメント代表取締役社長
経営コンサルタント
三ツ井創太郎 氏大学生の時に家業が倒産。バーテンダーなどをして学費を稼ぐ一方、料理家・栗原はるみ氏のもとで5年間アシスタントとして料理の基本を学ぶ。大学卒業と同時に飲食企業に就職。レストランのキッチン、ホール、店長などを歴任した後、最年少で飲食部門統括責任者に昇進。多店舗化に向けた組織構築や業態開発、フランチャイズ本部構築などを10年以上経験。その後、株式会社船井総合研究所に入社。個人店から上場チェーンまで数多くの飲食企業の支援を行う。2016年、株式会社スリーウェルマネジメントを設立。多店舗化や上場を目指す飲食企業に対して「多店舗化の仕組み」や「年商10億円企業化パッケージ」などを提供している。長年に渡る現場経験で培った“実践的ノウハウ”を武器に個人店から大手外食企業、国内、海外まで幅広いクライアントに対して支援を行う。著書に「飲食店経営“人の問題”を解決する33の法則」(同文舘出版)がある。

店長が抱える「人の悩み」。飲食業界の風土も問題に

 飲食業界において、慢性的な人手不足が話題になって久しい。「求人を出しても応募がない」「採用してもすぐに辞めてしまう」という飲食店オーナーの嘆きはますます増えている。

 経営コンサルタントの三ツ井創太郎氏は、「店が流行っていて、業態として勢いがあり、会社に資金もあるのに、人がいないので新店を出せない、増やせない事態があちこちで起こっています。かつては考えられなかったことです」と、人手不足の深刻さを指摘する。

 では、飲食業特有の「人の問題」とはどんなことだろう。三ツ井氏が指摘するのは、「店長が抱える人の悩み」だ。店長が抱える「人の悩み」飲食業界の風土も問題に「私も飲食店の店長として働いた経験があるのでよくわかるのですが、店長の悩みのほとんどが“人の問題”です」。多くの店長はオペレーションや接客の仕方などについては教えられ、鍛えられているが、人の使い方、つまりマネジメントや教育・育成についてはほとんど教えられていないという。「でも、店長になった途端に求められるのは、まさに人材のマネジメントと育成です。多くの店長がここでつまずいてしまうのです」と、三ツ井氏は語る。

 せっかく新人スタッフを採用しても、店長が育成・成長させることができず、離職につながってしまうのだ。これが繰り返され、いつまで経っても人手不足が解消できない一因になっている。そればかりか、人手不足を補うために、店長自身が長時間労働を続けた結果、心身の健康を損ない、離職に至るという悪循環も生まれている。

 さらに、「飲食業界=ブラック」という根強いイメージが、人手不足を加速している面も否定できない。「長時間労働なうえ、仕事がキツイという先入観があり、飲食業で独立を目指そうという若い層が減っているように感じます」と、三ツ井氏は話す。

 確かに、飲食業は労働集約型(※労働力に依拠する割合が高いこと)の職種。労働時間を長くすることで、収益を上げようとする傾向が強く、特に繁忙期は長時間労働が横行しやすい。

 同時に、「“長時間労働信仰”とでも呼ぶべき風土が、業界内にある」と三ツ井氏。特に料理人は、先輩の仕事ぶりを見て育った人が多く、「料理長が帰らないのに、下っ端が帰るわけにはいかない」と考える傾向は、決して少なくないのだ。こうした風土が、実態以上に飲食業界をブラックに見せている。

 加えて近年、「パワーハラスメント」の問題も指摘されている。「店長に厳しく叱責されて、出勤できなくなった」などのケースだ。「悪質な場合は別として、この問題の根底にも店長がマネジメントや育成の方法がわからず、つい厳しく指導したことがパワハラとされることがあるでしょう」(三ツ井氏)。

 長い労働時間にパワハラも加われば、ブラックのイメージは加速する。しかも、悪い噂はSNSで一気に広がるご時世。ここに、人手不足がより深刻になる原因の一端がある。

業界全体に広がる危機感。成果が出ている店もある

 慢性的な人手不足に対する危機感は、飲食業界全体に広がっている。そのため、営業時間の短縮や閉店を余儀なくされる店も、いまや珍しくはない。

 だが、すべての飲食店や飲食企業が、人手不足のために縮小しているわけではない。「スタッフがしっかり定着し、業績が上向きになっている店もあります。本気で“人の問題”に真正面から取り組んでいるところと、そうでないところでは、人材の面で明らかな差が出てきており、二極化が進んでいます」と三ツ井氏。しかも、生産人口が減少するなかで、人材は取り合いの状況だ。地方はなおさらその傾向が強い。「人の問題に取り組み始める店は近年、増えてきています。何も手を打たないでいる店は、取り返しがつかなくなる可能性もあります」と、三ツ井氏は警告する。まさに、待ったなしなのだ。

 では、「人の問題」に真正面から取り組むとは、どういうことなのか。

 三ツ井氏は、「仕組み化すること」と断言する。「経営者が店長に対して、『頑張って人を育てなさい!』と言うだけ業界全体に広がる危機感成果が出ている店もあるのやり方は、もう通用しません。結局、店長個人の力量次第になってしまうからです。誰が店長になっても、スタッフを育成できる“仕組み”を作る必要があるのです」と力を込める。

 三ツ井氏は具体的に、「スキルマップシート」を中心にした仕組み作りを提唱する。「例えば、コミュニケーションも制度として位置付ける視点が大切」と語る。気が向いたときや暇なときに集まって話すのではなく、定期的な面談、月1回のミーティング、1年に1回の社員旅行などを制度として確立すること。その場を通して、スタッフが店の理念や将来像と自分の成長イメージを重ね合わせることができれば、スタッフの定着率は向上するという。

 「ただし、コミュニケーションの質や内容にも、きちんと目を向けなければいけません」と、三ツ井氏は釘をさす。せっかく制度化したコミュニケーションの場なのに、店長が一方的に、改善してほしいことや想いを話すだけになったり、スタッフの悩みや希望について無関心だったりすれば、逆効果になりかねない。「従業員満足(ES)度などを調査して、スタッフが店や店長に何を望んでいるのかをつかみ、効果的なコミュニケーションを図ることが重要」(三ツ井氏)なのだ。

 さらに、スタッフそれぞれの欲求レベルを意識することも大切だ。三ツ井氏は参考として「マズローの欲求5段階説」をあげる(下の表を参照)。

 「マズローの欲求5段階説」とは、人間の欲求は、第1段階の「生理的欲求」から第5段階の「自己実現の欲求」まで、段階的に上がっていくというもの。これを飲食店で働くことに置き換えたのが、下の表の右列だ。「これからの飲食店は、第1・2段階はもちろん、第3・4段階の欲求を満たす職場を目指すことが大事だと思います」(三ツ井氏)。

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