Chapter 5 「働き続けたい企業」になるために
2017年の「第12回居酒屋甲子園」で優勝した、「三好屋商店酒場」などを経営する株式会社サンカンパニー。人材をしっかり育て、定着率を上げる同社の取り組みを紹介する。
会社の発展にスタッフが参画する、自走型チームを目指す
誰でも成長できる環境を目指して、仕組みを構築
埼玉県深谷市を拠点に、県北部で居酒屋などを展開する株式会社サンカンパニー。アルバイトスタッフは地元の若者が中心で、彼らの友人や兄妹が入店することも珍しくない。また、アルバイトから社員として入社するケースも多く、「人が来る、辞めない、働き続けたい」店づくりに成功している。
代表取締役社長の山川大輔氏は、「人材育成の仕組みづくりを始めたのは、10年ほど前。5店舗目を出した頃でした」と、当時を振り返る。店舗が増えたことで店長個人の力による部分が大きくなり、理念の浸透や店舗力にバラツキが出始めたのだ。「会社の成長過程で、誰でも確実に成長できる仕組みが必要だと気が付きました」と語る。
そこで開発したのが、「5DAYS」という育成プログラム。ホールスタッフであれば、接客経験のない人でも、5日間計12時間で「不安なくホールに立てる状態」まで育てるカリキュラムだ。研修中は1人のトレーナー(店長など先輩スタッフ)が常に寄り添いながら、自立した「パートナー(アルバイト)」としての成長をサポート。1日目は会社の理念や挨拶、身だしなみなどの座学で、2日目からはホールに出て、トレーナーに付き、接客する様子を見て学ぶ。実際に自分で接客するようになるのは4日目から。5日間の中で宿題やテストも課しながら、初期教育をしっかり行っている。
「5DAYS」のポイントの1つは、トレーナー用の指導シートも確立していること。新人を教育するための5日間の内容・目的・教え方などが細かく書いてある。「トレーナーは教育のプロではないので、個人の考え方や感覚に任せてしまうと、どうしても内容にバラツキが出てしまいます。誰でも成長できるとともに、誰でも新人をしっかり成長させることができる仕組み作りが大事」(山川氏)だという。
このプログラムの効果は大きく、入店直後に寄り添ってくれる人がいることは、店に対する安心感と信頼感につながり、定着率の向上に貢献する。また、新人教育にかかるコストと時間が「見える化」されたため、採用や営業計画が見通しを持って行えるようになった。研修中のトレーナーのコストも明確になったので、「先行投資」として位置づける視点も生まれたという。
「5DAYS」の後には、「習熟度チェックシート」や「追加お勉強シート」などのツールも多数用意して、スタッフの成長意欲を刺激するとともに、「出世街道」と名付けたキャリアパス(昇進・昇給制度)を適用していく。
この「出世街道」はルーキーから始まり、その後、Cクルー、Bクルー、Aクルーと昇進していくシステムだ。
ルーキーは、人としての基本と仕事の「体験・知識」がある段階、Cクルーは仕事を「理解」している、Bクルーは仕事を一通り「経験」している、Aクルーは「応用」ができるレベルを指す。それぞれに10~20個のクリアすべき項目があるが、内容はホールとキッチン、パートナーと社員で異なる。
そして月1回、第2日曜日に開催する全社集会「サンライズ」で、全員がそれぞれ自己チェックを行う。それを店長が回収し、店長の評価と自己評価を照らし合わせ、次の目標を共有する。さらにこの評価を受けて、四半期に1回、昇給・昇格の機会を設け、キャリアアップを目指していく。
「『出世街道』によって、個々の成長課題と目標が明確になります。目標を本人と店長が共有しているので、日々の営業中でも学びが生まれ、とてもいい成長サイクルが実現していると思います」と、山川氏は胸を張る。
さらに特筆したいのは、社員用の「出世街道」には、マネジメントの内容も盛りこまれていること。これをクリアすることによって、店長になるまでにマネジメントの力も養え、店長自身がより人材育成に貢献できるようになる。
面接の「紙芝居」が効果的。労働環境の整備にも着手
人材採用にも工夫がある。面接で使用する「紙芝居」がそれだ。店の理念や勤務条件など、面接時に伝え、確認すべきことが書かれたシートを本部が用意。ここに、各店長が店の紹介などに工夫を凝らし、自分で作成したシートを追加する。これを、紙芝居のように応募者に見せることで、短時間で濃い内容の面接が可能に。また面接では、趣味や特技など詳細な“人となり”を聞き出し、採用が決まったら、それをもとに店長が新人の「他己紹介」表を作成。バックヤードなどに張り出し、「こういう人が入ってくるよ」と事前に紹介して、早く打ち解けられる環境を作り出す。さらに、面接内容は蓄積し、その後の定着率と照らし合わせて、採用基準の参考としても活用している。
こうした様々な仕組みによって、同社が目指すのは、「オーナーシップ、つまりスタッフ自身が自己決定を行い、店や会社の成長に参画する自走型チーム」(山川氏)。そのための大きな機会が、前述の全社集会「サンライズ」だ。
ここでは、その月に輝いたスタッフや、クレンリネスが優秀な店の表彰(C1グランプリ)などを行う。「人は称賛されることで自己肯定感を高め、主体性を発揮します。自分が表彰されることはもちろん、自分の店やほかのスタッフが表彰されることもうれしいもの。その喜びを共有している姿を見ると、オーナーシップが生まれていることを実感しますね」と、山川氏は語る。
さらに、「スターメール」も特徴的だ。これは、その日の売上目標を達成した店に、「☆」を1つ認定するもの。月ごとに集計して、もっとも☆を獲得した店に「スターメール賞」を贈る。全店の星取り状況を毎日、本部からメールで送信。自然に競争心が生まれて、目標達成のためのアクションが起こる。売上を競うのではなく、あくまで売上目標にスタッフを巻き込むことが目的だ。こうしてモチベーションが上がり、離職率の低下につながっているのだ。
そのほか、労働環境の整備にも力を入れ、実質的な週休2日を実現。その背景には、売上減も覚悟して一定期間の営業時間短縮に踏み切るなど、本部の実行力がある。「将来的には社宅や保育所なども整備したい」と山川氏。“働き続けたい店”に、一層の磨きをかける。
SPECIALこれからの飲食業界には、社会貢献の視点も大切
10年ほど前から、人が育つ環境とはどういうものかを考えて、いろいろな仕組みを作ってきました。現在、当社は調査結果からもES(従業員満足)が高いと言われるのですが、そもそもESという概念を持って取り組んできたわけではなく、当社の理念「共に活きる。」を実現したい、楽しく仕事をして、楽しく生きる環境を作りたいと願ってきただけなのです。
確かに、ESが高いのはいいことですが、最近考えるのは「ESの差別化」。「同じ牛丼なら○○店を選ぶ」というのは、差別化ができているから。同じように、「○○があるから、サンカンパニーで働きたい」と思われるような、期待や満足の差別化ができないかなと思うのです。
例えば、当社の社員旅行はけっこう豪華で、自慢できるレベルです。年1回の2泊3日の旅行ですが、旅行先の決め方にも力が入っていて、行きたい場所がある者が旅行先をプレゼンし、1カ月後に全員の投票で決定するなど、必ず全社員を巻き込みます。こうした取り組みやイベントが魅力的で、会社を選ぶことがあってもいいはず。休日や給料など、労働環境の整備などはもちろん大切なのですが、それだけに縛られてしまうと、それぞれの会社や店の個性が失われるのではないかと、心配にもなります。
さらに、CS(顧客満足)、ESと並んで、SS(Social Satisfaction=社会的満足・社会貢献)という視点が、これからの飲食業にはとても大切ではないかと考えています。当社は、ここ埼玉県の北部というローカルな地域を活性化して、人々がさらに幸せに生きられるよう貢献することが、大きなミッション。ここに共感してくれる人々と、これからも共に生きていきたいと願っています。