「日本の食の未来を、消費者と生産者とともにクリエイトする」を経営理念に掲げ、岩手・一関を拠点に事業展開。精肉や自社加工品の卸売・小売のほか、岩手県と東京都内で飲食店「格之進」を運営。開業・販促サポートなども行う。コロナ禍で苦境に立つ飲食店支援のため、ハンバーグのOEMや、「格之進」のブランドライセンスを含めた卸売りも開始。
環境問題などへの関心が世界的に高まり、牛肉消費に転換の兆し
代替肉が市場を奪う時代。「イミ消費」の視点が重要
高級食材であるとともに、日常食としても人気が高く、多くの日本人に親しまれている「牛肉」。特に、輸入自由化によってリーズナブルな牛肉が出回るようになった1990年代以降は、大手外食チェーンがお手頃価格のステーキを提供し始めるなど、牛肉消費の裾野が一気に広がった。近年の「熟成肉」ブームや肉業態の増加などにも見られるように、牛肉はさまざまな形で日本の外食シーンを牽引している。
ところが今、そうした日本の牛肉消費のあり方が「転換期に来ているかもしれない」と、株式会社門崎の千葉祐士氏は指摘する。20年以上前から牛肉の啓蒙に取り組んできた千葉氏が注視しているのは、欧米における消費者の動向だ。特にアメリカでは、近年、植物性代替肉の人気が高まり、牛肉の消費が大きく減っている地域があるという。「ボストンやサンフランシスコなどでは、これまで消費されていた牛肉の約3割が、代替肉に置き換わっています」(千葉氏)。また、大手ハンバーガーチェーン「バーガーキング」でも、全米で代替肉のハンバーガーを展開しており、他の飲食企業も続々と代替肉の提供を始めている。
背景にあるのは、「代替肉がエコで、牛肉がエコでない」という消費者意識の変化。実は地球温暖化への影響を見ると、地球上で排出されている温室効果ガスの約15%が畜産業に由来※1。中でも、牛など反芻(はんすう)動物のゲップは、温室効果の高いメタンガスを大量に含んでいるため、温暖化を加速させる。さらに、千葉氏は牛の生産効率の低さにも言及する。「肉1kgの生産に必要とされる飼料の量は、鶏が約4kg、豚が約7kgに対して、牛は約11kg※2。しかも、出荷までの飼育期間は鶏の約2カ月、豚の約6カ月に比べて、牛は約30カ月と長い。長い時間をかけて、大量の穀物を与えて育てなければならない牛は、食糧問題を考える上でも非合理的とみられています」(千葉氏)。サスティナビリティ(持続可能性)への関心の高まりを受けて、このように社会的な負荷の大きい牛肉を避ける流れが生まれているということだ。
そして、こうした動きが「近い将来、日本にもやってくる可能性は高い」と千葉氏は指摘する。「日本においても、近年、消費の目的が“モノ消費”や“コト消費”から、“イミ消費”にシフトしていると言われています。イミ消費とは、社会的な価値を重視して消費すること。外食でいうと、おいしいものを食べたい、女子会をしたいといった目的から、食材や料理の裏側にあるストーリーや、社会的な価値を知り、共感することが重要になっており、欧米の動きとリンクしているように感じます」(千葉氏)。
※1国連食糧農業機関(FAO)・2013 年公表 ※2農林水産省・2015 年公表
牛肉を扱う意味を掘り下げ、未来につながる取り組みを!
流行を追うより、牛肉に真剣に向き合うこと
では、こうした状況に対して、飲食店はどうすればよいのだろうか。千葉氏は、「まず、自店で牛肉を提供することの意味を、改めて掘り下げてみてほしい。そこにどのような社会的な意味があるのかを、明確にすることが重要」と力説する。
例えば千葉氏が経営する株式会社門崎では、自社で扱う牛肉やメニューの価値を高めることで、買い取り価格を上げ、生産者の収入を増やす方法を模索。それによって産地を支え、日本の食文化を次世代に伝えることに、事業の意味を据えている。
そのために開発した商品の一つが熟成肉だ。「日本では、A5ランクの牛が最も高値で取り引きされる現状があります。しかし、出荷した牛のうちA5になるものは一部。同じコストをかけても、A4やA3の評価で安値になる牛も多い。そこで、そのような牛の価値を高めるため、熟成して提供することを考えました」(千葉氏)。さらに、熟成肉をよりおいしくする調理法や、カキやウニなど他食材と組み合わせたメニューも開発。「お客様には当社の牛肉を食べることが産地を守ることにつながり、おいしさを未来へ残すための投資になると伝えています」と千葉氏。この考え方は多くの共感とファンを呼び、味とともに支持されている。
千葉氏の取り組みはあくまでも一例で、「牛肉を扱う意味は、店によってさまざまな考え方があっていいと思います」と話す。所得格差が開いている昨今、輸入牛肉を使って、安定した味の料理をリーズナブルに提供し、すべての人が外食の楽しみを感じられるようにしたい、といった意味もあるかもしれない。
「重要なのは、目先の売上に捉われないことです。牛肉はメインディッシュに使われることの多い食材ですから、店としては客単価を上げやすい。しかし、客単価を上げるためといった安易な考え方では、意味を重視するお客様の共感は得られないのではないでしょうか」(千葉氏)。また、流行に左右されて意味を見失っているケースも多いという。「単に熟成肉が流行っているからといって安易に取り入れる店も多い印象ですが、こうした姿勢では、一時的な集客はできてもファンが付きづらく、継続しません。長く愛されるためには、なぜ牛肉を使うのか、なぜその銘柄なのか、その牛肉を通して、どのような価値を提供できるのかといったことに、真剣に向き合う必要があります」と千葉氏は訴える。