東京・赤羽の街に新しい価値を与え、飲食業を通して街づくりに貢献を!~株式会社RAZULIT'e 代表取締役 高野 翔 氏~

元プロのキックボクサーで、東京・赤羽を拠点に3店舗を運営する株式会社RAZULIT'e(ラズライト)の高野翔氏。株式会社エー・ピーホールディングスでの成功体験を生かしたマネジメントや店づくりへのこだわりを聞いた。

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目次
けがでキックボクサーの道を断念。新しい夢舞台は飲食業
エー・ピーホールディングスでのチーム作りの原点となる体験
第二の故郷・赤羽で独立。ターゲットを明確にして繁盛店に成長
コロナ禍のニーズやリスクを考慮した業態開発で、人材確保にも成功
「7つの人間力」を掲げて育成に取り組み、赤羽の街を活性化させる企業に
「リーダー×一問一答」&「COMPANY DATA」

“人が成長できる環境づくり”がマネジメントの原点。人材採用に強いカフェの出店で人材には困っていません

 新潟・佐渡から格闘家を目指して上京した高野翔氏。けがで選手生活に終止符を打った彼は、新たな夢として飲食の道を選ぶ。株式会社エー・ピーホールディングスで店舗業務から経営の基礎まで学び、3年後に独立。株式会社RAZULIT'e(ラズライト)を設立し、第二の故郷である東京・赤羽で3店舗を運営し、コロナ禍をものともせずに安定した経営を実現している。

 赤羽という場所やそこに住む人と密接につながり、街の活性化を掲げる高野氏に、エー・ピーホールディングス時代に培ったマネジメント方法や、周辺のニーズに合った店づくりのポイント、人材不足に悩まない業態開発などについて話を聞いた。

――もともとプロキックボクサーとして活動されていたとのこと。飲食業界に入ったきっかけは?

 高校時代は空手に打ち込み、「格闘家になる」という夢を追って、新潟・佐渡から上京しました。交通の便が良い東京・赤羽に住み、「豚道楽」(ジローレストランシステム株式会社)や「塚田農場」(株式会社エー・ピーホールディングス)でアルバイトをしながらキックボクサーとしてプロデビューを果たしました。しかし、26歳のとき、ランニング中に車にはねられ、首に大けがを負ってしまい、引退することになりました。

 夢を失って落ち込みましたが、「新しい夢を持ちたい」と考え、株や金融の勉強をしたり、トレーナーの資格を取ってジムを運営しようかとも考えました。しかし、これまでの経験から最もやりがいを持ってチャレンジできそうなのが飲食業だと思ったんです。特に赤羽の「塚田農場」でのアルバイト時代に社会人として必要な振る舞いや接客の大切さを学び、面白さを感じていたことが大きな理由の一つでした。

 「塚田農場」には、スタッフそれぞれに仲の良い常連さんがいて、日々の業務が楽しかった。しかも、エー・ピーホールディングスは数字にも厳しい会社なので、ここで頑張れば経営にも役立つと考え、27歳のときに入社しました。最初から独立するつもりだったので、「3年で独立したい」と伝えて、3年間でどん欲に学ぼうと考えていました。

1987年9月、新潟・佐渡市生まれ。高校卒業後、格闘家を目指して上京し、東京・赤羽に居住。プロデビューを果たすが、けがで引退を余儀なくされ、27歳で飲食業に転身。株式会社エー・ピーホールディングスに入社して経験を積み、2018年7月に独立。現在、赤羽駅周辺に3店舗を展開している。

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――「塚田農場」ではどのような経験を積んだのでしょう。

 入社半年後に大宮店の店長になり、その後、以前アルバイトとして勤めていた赤羽店に店長として戻ることになりました。ちょうどその頃、社内イベントとして、いわば「居酒屋甲子園」のように社内ナンバーワン店舗を選ぶ「バリューアワード」が始まりました。その初代優勝店のメンバーの生き生きとした表情を見て、こんな店にしたいと思い、「絶対、来年は赤羽店を優勝させる!」と決めました。

 「バリューアワード」での優勝を目指す上で注力したのが、「人が成長できる環境づくり」でした。人が成長するために最も重要だと考えているのが「環境」だからです。中には、環境に左右されず成長できる人もいますが、多くの人が環境によって成長スピードが遅くも早くもなります。例えば、店に一人でもだらけているスタッフがいて、それを放置したら、その人にとってもよくないし、周りのメンバーも「楽をしたい」「手を抜きたい」という方向に向いてしまいます。そうした状況を避けるために、朝のあいさつができないスタッフがいたらやり直しをさせるなど、細部に至るまで一切手を抜かずにやるべきことを徹底できるようにスタッフに何度も指摘し続けました。

 こうした取り組みに反発して辞めていくスタッフもいましたが、信じて付いてきてくれたメンバーと営業を続けていくと、わずか2カ月でそれまで全く達成できなかった売上の昨年比で100%超えを実現。初めは「優勝なんて無理でしょう」という感じだったスタッフも、売上がアップし社内評価が上がるにしたがって徐々に前向きになっていきました。ここまで環境が整うと、スタッフが自然と自ら学び成長するスパイラルに入り、自然に店が良い方向に転がっていきました。そして日を追うごとにどんどんチームが結束していき、プレゼンテーションの練習にも熱が入って、大会直前には30人ほどのスタッフ全員が優勝を確信するまでになりました。実際に、その年の「バリューアワード」で優勝することができたのですが、このときの成功体験が今の店づくりやマネジメントの原点になっています。

――入社3年後の2018年7月に独立し、赤羽で新たな出発を果たしました。

 3年目での独立は予定通りでしたが、物件も決まっていないですし、基本的な準備が何もできていなかったので、エー・ピーホールディングス時代にお世話になった大久保伸隆さん(元株式会社エー・ピーホールディングス副社長、現株式会社ミナデイン代表取締役社長)に独立・開業に向けてのアドバイスをもらいながら、準備を進めました。

 赤羽で創業することにしたのは、赤羽が第二の故郷と呼べる場所になっていたから。格闘家時代は経済的にとても厳しかったのですが、赤羽で知り合った方々が、ぼくを店に呼んでよくごちそうしてくれました。どれだけこの街に住む人たちに助けてもらったかしれないので、恩返しがしたいという思いも強かったです。

 創業店の「赤羽大衆肉ビストロLit」の物件が見つかったのも、知人に「売りたがっている店がある」と教えてもらったことがきっかけ。さらに、その店のスタッフがぼくの友人と知り合いだったことなど、いくつかのありがたい偶然が重なって、商談がまとまったのが9月19日。その日は図らずも、少し前に急逝した母の誕生日で、さらに運命めいたものを感じました。

 「Lit」は、メインの飲み屋街から少し外れた人通りが少ない立地に出店したこともあり、当初は集客に苦戦しました。そこで半年後、隣にあった人気イタリア料理店のメインの客層である女性を意識して、肉とワインを強く押し出すことにしました。店名も「赤羽大衆ビストロ」から「赤羽大衆肉ビストロ」に変更し、ちょっとおしゃれに飲みたい層への訴求力を高めました。これが成功し、順調に売上がアップ。もともと接客は磨いていたので、ターゲットと店づくりが合致すればリピーターは増えていくはずという読みが当たりました。

赤羽駅から徒歩5分の場所に2018年7月オープンした「赤羽大衆肉ビストロLit」。低温調理の肉料理などを売りに、40~50代の女性を中心に集客。客単価は3,500~4,000円、2022年12月には最高月商650万円を記録した

――コロナ禍でも出店を重ね、街と業界を元気付けていますね。

 先行きが不透明で最初は不安でしたが、弁当のテイクアウト販売などでも売上が立ったので、会社として赤字になったのは2020年4月だけでした。むしろ、コロナ禍が長期化するにつれて内心「チャンスだな」と思うようになりました。通常では考えられない条件で融資が受けられましたし、人も物件も流動化したからです。こうした状況を生かして、2021年9月、資金を注ぎ込んで2号店「CAFE & BAR FeRna(フェルナ)」をオープン。3階建ての新築ビルを1棟使っての出店でしたが、ビルオーナーの知り合いが「Lit」の常連さんで「高野さんなら」と、オーナーに紹介してもらえました。ここでも人のつながりに助けられました。

 「FeRna」はかなり戦略的につくった店です。
①コロナ禍なので小売りをしたい
②人材確保のため求人に有利なカフェ業態を持ちたい
③客単価アップのためにアルコールも提供したい
④「今までの赤羽にはない店」を出したい
という戦略に基づき、当時のトレンドだったフルーツサンドの小売りスペースを1階に設け、2~3階で昼はカフェ、夜はバーを営業。フルーツサンドのブームはいずれ終息すると分かっていたので、認知の拡大と初期投資の回収に努め、あくまで中心はフルーツ専門店が提案するカフェとバー。パティシエの経験がある社員にメニュー開発を任せてスイーツを充実させ、店内は明るくカジュアルでありながら、高級感も備えた空間にしました。

2号店「CAFE & BAR FeRna(フェルナ)」。フルーツサンドの小売りスペースを1階に設け、2~3階で昼はカフェ、夜はバーを営業している。人材を集めやすいカフェ業態と、売上や利益を出しやすいアルコール業態を組み合わせた

 さらに、2022年11月には3号店「カフェ&ネオ大衆new-mon(ニューモン)」をオープン。2号店までは飲食店が多く集まる赤羽駅の東側で店舗を展開してきましたが、この店は西側の駅前にある商業施設の1階です。赤羽にまだ少なかったネオ大衆酒場とカフェを組み合わせ、若い層や女性、ファミリーを獲得しています。彼らは必ずSNSやインターネットで店を調べてから動くので、インフルエンサーにSNSで発信してもらうよう依頼したり、ネット検索で上位に表示されるように対策なども行いました。メニューも居酒屋料理に一工夫してインスタ映えを意識しています。

「カフェ&ネオ大衆new-mon(ニューモン)」。昼は主婦、夜は8割が20~30代の女性を中心に獲得。客単価は昼が1,000~2,000円、夜は3,500~4,000円。和洋のメニューを混ぜたおばんざいの盛り合わせなどが人気。現在の月商は500万円で、「いずれ月商600万~800万は売り上げられるようになるはず」(高野氏)と考えている

――どの店も業績は好調です。今後の展開は?

 これまで、赤羽は「酒を飲みに集まる」くらいしか目的にならないような場所でした。だから、もっとほかの目的で来てもらえる街にしたいという思いが強いです。現在、「FeRna」に注目してくれた東京北区観光協会の方と街づくりについて話し合い、さまざまなアイデアを出したりしています。街の再開発をディベロッパー任せにするのではなく、ぼくらのような地元の飲食店や団体が協働することで、新しい街づくりにつなげたいと模索しています。

 こうした取り組みを形にするためにも、もっと視野を広げたいと考えています。飲食以外の事業展開もその一つ。カフェを出店したおかげで人材確保は順調ですし、育成として「7つの人間力」(笑顔、挨拶(あいさつ)、言葉、身嗜=みだしなみ、感謝、他喜=他人を喜ばせる力、運感=幸運を感じる力)を定式化して実践し、徐々に仲間が育ってきています。今は人材不足の時代ですが、当社はむしろ人材に余剰がある状態。そこで、マネジャークラスの人材をほかの飲食企業に派遣する取り組みも行っています。

前職で培った人材マネジメントのノウハウを生かして、人が成長できる環境づくりに注力。カフェ業態の出店で人材不足にも困っておらず、他社に人材を派遣するなどの取り組みもできている

 今後は赤羽を拠点に10店舗までは増やしたいですし、その先はエリアを拡大していきます。また、美容関係の店など飲食以外の事業も手掛けたいですね。

 社名に入れた「RAZUL」は造語で「楽しむ」、「Lit」は「灯(とも)す」、「FeRna」は「幸福」、「new-mon」は「入門(入り口)」。ぼくたちの店が、人々を楽しませ、街を灯し、そこに住む人たちを幸福にして、新しい赤羽の入り口になるなど、飲食業を通して街を活性化させるのが、目標であり夢です。赤羽に住み始めて17年余。もうすぐ、生まれ故郷の佐渡より長く住むことになるこの街とともに成長していきたいです。

リーダー×一問一答

■経営者として一番大切にしていること
人の成長できる環境づくり

■愛読の雑誌やWebサイト
NewsPicks

■日課、習慣
ランニング、キックボクシング

■今一番興味があること
Chat GPT

■座右の銘
強く、楽しく、カッコよく

■尊敬している人
大久保伸隆さん(株式会社ミナデイン)、渋沢栄一さん(実業家)

■最近、注目している店舗・業態
「ポップガストロミーレインカラー」ポップにシェフの美味しいものが食べられる業態が今後当たると思うから。「今時かしこまるのもめんどくさいけど、おいしいものを食べたい」が主流になってきている

■COMPANY DATA
株式会社 RAZULIT'e
東京都北区赤羽1-40-6
https://www.facebook.com/sho.takano.100/
設立:2020年
店舗数:3店舗
従業員数:40人(社員10人)

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